Welcome to Sajjanpur(2008)#254
「Welcome to Sajjanpur」ようこそ、サッジャンプルへ ★★★★
ウェルカム・トゥ・サッジャンプル
(ナマステ・ボリウッド 2009年9月 22号初出改訂)
製作:ローニー・スクリューワーラー/原案・監督:シャーム・ベネガル/脚本・台詞・作詞:アショーク・ミシュラー/撮影監督:ラージェン・コーターリー/作詞:スワナンド・キルキレー/音楽:シャンタヌー・モーイトラ/振付:ホワード・ローズメーヤー/衣装デザイン:ピア・ベネガル/プロダクション・デザイン:サミール・チャンダ/VFX:プライム・フォーカス/編集:アシーム・スィナー
出演:シュレーヤス・タルパデー、アムリター・ラーオ、ラヴィ・キシャン、イラー・アルン、ラージェーシュワリー・サッチデーウ・バドーラー、デヴィヤー・ダッタ、ヤシュパル・シャルマー、ラヴィ・ジャンカール、ラリット・モーハン・ティワリ、ヴァラブ・ヴヤス、マスード・アクタル、ダーヤーシャンカル・パーンディー、サティーシュ・シャルマー、マンガル・ケンクレー、ヴィニーター・マリック、チャラン・サルージャー
特別出演:ラジート・カプール、クマール・カプール
公開日:2008年9月19日/2009年 アジアフォーカス・福岡国際映画祭上映
STORY
インドの片田舎にあるサッジャンプル村で手紙代書屋を営むマハーデーヴ(シュレーヤス)は、幼馴染みの人妻カムラー(アムリター)の頼みからムンバイーに出稼ぎに行ったきり帰らぬ夫へ手紙を代書するうちに彼女への想いが募ってゆく。一方、村に渦巻くきな臭い選挙へと巻き込まれ…。

(c)UTV Motion Pictuers, 2008.
Revie-U
マハーデーヴは1ページ2ルピー*1のレター・ライター。「スラムドッグ$ミリオネア」(2008)の警部役イルファン・カーンが「サラーム・ボンベイ!」Salaam Bombay!(1988)で演じていた、あの手紙代書屋だ。識字率の低いインドではこういう商売が成り立ち、当然、書くだけでなく手紙を読むことも頼まれる。
舞台となるは、片田舎のサッジャンプル村。かのネルー首相が来村したおり、「ドゥルジャンプル(悪人の町)という名前はよくない。サッジャンプル*2(善人の町)に改名したまえ」と一席ぶった。
以来、善人しかいなかった悪人町は、悪人ばかりの善人町となった、とか。とは言え、古来続くシャールダー女神信仰の篤い純朴な人々が住み、ほとんど登場人物の名も神様に因んだラーム某という名。

(c)UTV Motion Pictuers, 2008.
時の流れからこぼれ落ちたように見えるこの村にも現代化という変化の波は押し寄せており、マハーデーヴが代書用のインクを買おうとすれば、角店の主人が「時世は変化してるんだ、これを使えよ」とボールペンを差し出す。
この手紙屋、木陰に机ひとつの露店ながらなかなか盛況で、朝から蛇遣い(コブラで脅される!)、人間機関車おばちゃん、保守陣営の暴力装置、対抗馬となるヒジュラー*3の姐御などが訪れる。ペン書きだけでなくモバイル・チッティー(携帯メール)、果ては識字者も<恋文>を頼みにくる(マハーデーヴの愛読書は「ローミヨーとジュリヤト」)。
そう、想いを託す手紙屋は人生の交差点であり、ドラマの宝庫となる。話好きのインド人だけあって、この怒濤のやりとりが路上演劇のように面白い。
ボリウッド映画の特徴は派手なダンス・シーンと思われがちだが、インド人の人好き加減が伝わる微細に富んだ人情描写こそ神髄と言えよう。
主演は「Iqbal」(2005)で注目され、東京国際映画祭上映作「Dor」運命の糸(2006)、アジアフォーカス上映作「Om Shanti Om」オーム・シャンティ・オーム(2007)と日本上映作が続くシュレーヤス・タルパデー(「OSO」のシャー・ルク・カーン名台詞も引用!)。マハーデーヴが想いを寄せる幼なじみカマラーに、「Main Hoon Na(私がいるから)」(2004)の可憐なアムリター・ラーオが扮しており、こちらも必見。
そもそも人の営みは神々のリーラー(遊戯)、マハーデーヴ(大いなる神)による結末が微笑ましい。

(c)UTV Motion Pictuers, 2008.
サポーティングは、嵐のように現れて人間機関車の如くしゃべくりまくり、稲妻のように去ってゆく、演ずる歌手/女優イラー・アルンのノンストップなおばちゃんぶりが絶品。「Khal Nayak(悪役)」(1993)~胸元ナンバル「choli ke peeche(チョーリーの裏には)」が大当たり、「Bhopal Express」(1999)における深みのあるプレイバックも秀逸。「スラムドッグ~」にもフィーチャル。
犬も喰わぬ(苦笑)その娘役がディヴヤー・ダッタ。ラーニー・ムカルジーのデビュー作や「Train To Pakistan」(1998)の少女役など端役を経て、「Veer-Zaara(ヴィールとザーラー)」(2004)で助演女優賞を獲得。日増しに存在感を増し、「Delhi-6」デリー6(2009)では果敢に掃除婦役を好演。

(c)UTV Motion Pictuers, 2008.
寡婦に恋慕するのが、ラヴィ・キシャン。祭祀の家系からマイナー映画の子役となり、「Tera Naam(君の名前)」(2003)の若き祭祀役からメジャーのサブリードに昇格。ウディット・ナラヤン製作のボージプリー映画がNational Awards受賞、現在では製作会社<マハーデーヴ・プロ>を設立、「ボージプリー映画のミトゥン・チャクラワルティー」の地位を確立、TV「Bathroom Singer」など歌番組の司会にも引っ張り凧で選挙に出馬! 「Raavan」ラーヴァン(2010)にも出演。現在、ボージプリー版「Devdas」がアナウンス中。
右翼陣営のラームスィン役が「ラガーン」Lagaan(2001)、「Tashan(カブキ者)」(2008)など裏切り専門役者から這い上がったヤシュパル・シャルマー。粘りっこい芝居が実にチャーミー。
対立するヒジュラー候補ムンニーバーイ役が「Hello Hum Lallann Bol Rahe Hain(ハロー、おいらラーッランだけど)」(2010)の温情深い上司役ラヴィ・ジャンカールなどが出演。

(c)UTV Motion Pictuers, 2008.
さて、ちょっと驚きなのがシャーム・ベネガル監督作品ということ。<芸術映画の巨匠>として知られる彼であるが、本作では今が旬のボリウッド実力派俳優を起用。派手な群舞こそないが妄想ふくらむミュージカルも用意されている他、KK歌う主題歌「sita ram(シーターとラーム)」はコンピCDシリーズ「Everybody on Dance FlooR GROOVE 6」にも収録。低音炸裂クラブリミックス・バージョンのPVも作成されていたほどだ。
その<芸術映画>「Junoon(狂氣)」(1978)、「Kalyug(末世)」(1981)にしてもボリウッド・スター、シャシ・カプール*4がプロデュースを買って出ており、映画女優の半生を描いた「Bhumika(役柄)」ミュージカル女優(1977)にしても娯楽映画の舞台裏が<芸術的>に解き明かされている。パラレルシネマと呼ばれた芸術映画は決して娯楽映画の対極にあったわけでなく、近年数多く作られている質の高い小粒映画にベネガル監督が進出したことからも、ボリウッドの広い領域が証明された形となろう。
演出は軽快で、禁じられた寡婦の恋、弱者の選挙出馬(この場合はヒジュラー)など民衆的なテーマから現代インドを炙り出し、単なるコメディには終わらせていない。全編海外ロケでハリウッド化が進むボリウッド・メジャー作品が横行する今、片田舎を描く姿勢にはインドの良心が感じられる。
なお、劇中登場する犬との婚姻話だが星回りの悪い女性の場合、しばしばインドで執り行われ、ニュース配信で伝えられたりする(本作の場合、黒と白のぶちで土曜生まれの犬に限る)。実際には厄落としの儀式的意味合いであり、一生涯の夫婦となるわけではない。
*1 2ルピー:2009年8月現在、1ルピー=約2円換算で4円。都会の物価換算で20~40円、田舎で200~400円というところ。
*2 もちろんサージャン(愛しい人)に掛けられていることは劇中、マハーデーヴがマードゥリー・ディクシト主演「Saajan」サージャン/愛しい人(1991)を観ていることからも明らか。
*3 ヒジュラー(トランスジェンダーの門付け芸者集団。時に男娼)。本作では弱者の代表?!
*4 シャシ・カプール:ボリウッド王道のマサーラー映画に出演する一方、ジェームス・アイヴォリー作品など数々のアート系洋画に出演。「Siddhartha」シッダールタ(1972=米)における全裸愛撫シーンはインド人俳優初。