Nikaah(1982)#215
「Nikaah(結婚)」★★★☆
ニカー
製作・監督:B・R・チョープラー/共同製作:ラヴィ・チョープラー/脚本:Dr.アチュラー・ナガル/文芸技術監修:Dr.ラーヒ・マスーム・レーザ/宗教的監修:オマル・カーイヤーム・サハランプリー/撮影:ダラーム・チョープラー/作詞:ハッサン・カマール/音楽:ラヴィ/美術:シャーンティー・ダース/振付:パップー・カンナー/衣装:カチンス、バーヌー・アタイヤー/編集:S・B・マネ
出演:サルマー・アガー、ラージ・バッバル、ディーパック・プラシャール、アスラーニー、ヒナー・コゥーシャル
特別出演:イフテーカル、チャンデール・シェーケル、ウルミラー・バット、アーシャーラター、ユーヌス・パルヴェーズ、アヌー・ダーワン
ナレーター:タヌージャー
公開日:1982年(日本未公開)
Filmfare Awards:女性プレイバック・シンガー賞(サルマー・アガー)
STORY
大学を卒業後、ナワーブ(太守)の家系であるワシーン(ディーパック・パラシャール)と結婚したニルファー(サルマー)は甘い新婚生活を味わうが、やがて破局。出版社に勤める学友ハイデール(ラージ・バッバル)と再会し、間もなく再婚するが、なにかにつけて初婚が思い出され…。
Revie-U
「Salma」(1985)のサルマー・アガーの女優デビュー作。ここでの彼女は若いだけに、やや丸顔で、よりラーニー・ムカルジーを思わせる。すっと伸びた鼻にエメラルドグリーンの瞳が凛とした高貴さを放ち、腰まで垂れた長い黒髪が実に麗しい。
彼女演じるニルファーは、再婚しても同じボンベイ(現ムンバイー)へとハネムーンに行き、同じホテルの同じ部屋に泊まり、同じ宝石屋で買い物するなど、今日の視点からすると脚本が弱く感じられる。
演出はのんびりしたもので、そこは時代の良さを感じさせるが、ハネムーン後からさっそく苛立ちを見せるようになったワシーンが離婚を言い渡すシーンが強烈だ。ムサルマーン(ムスリム)の結婚では夫が「タラーク(離婚)」と三度唱えれば、その場で離婚が成立する。タラークの叫び声と共に何重にもカットバックが為され、夢で魘されそうなほど。
前半の長い回想でワシーンとの新婚生活が描かれ、さらに後半、ハイデールとのより甘い新婚ぶりを見せつけられる。
だが、ハイデールはふとしたことでニルファーの日記をみつけてしまい、彼女がしばしば初婚を思い出していることを知る。さらに彼女を忘れられないワシーンがつけまわして、ハイデールは疑心暗鬼に陥る。
そこは出版編集者だけあって、ラブストーリーの構想に例えて彼女の本心を聞き出そうとすれば、ニルファーは「ヒロインは、初恋の男の元へ帰らねばならない」と答える。
彼女は離婚後、ライターとして生計を立てていただけに、あくまで悲恋を強調しようとしてのこと。しかし、そこは男の浅はかさ。彼女の謎めいた返答を真に受け、ワシーンを引き連れて帰宅。彼女を元の夫へ戻そうとし、またもニルファーは夫から離婚を言い渡されそうになる。
このカルマ的構成は、やはりフィルムメーカーがヒンドゥーであるためだろうか。
反面、初めの夫でなく、再婚相手と強く結びつけるエンディングは、「女はただひとりの夫に仕え、夫の死後は共に殉死すべし」とするヒンドゥーの観念とは異なる、実にムサルマーン的な展開といえよう。
愛を再確認したハイデールがタラークではなく、「ピャール(愛)」を三度唱えるのが佳い。
しかしながら、このクライマックスがいささか演劇的であるため、大した話ではないものの、舞踊シーンでぐいぐいと押しまくった「Salma」の方が心に強く響き、そちらに軍配が挙ってしまう。
ワシーンの邸宅における調度品は、どれも溜め息が出るほどの豪華さ。
一方、ハイデールの家はアッパー・ミドル・クラスながらムサルマーンらしくイスラーミック・カリグラフィーが施された内装が興味深い。
「Salma」でも引き続きサルマーの衣装を担当したバーヌー・アタイヤー(「Lagaan」)が本作でも起用されており、見事な衣装の数々を手がけている。
冒頭、フランク・フラゼッタを連想させるファンタジックかつ官能的なイラストレーションで綴るイントロダクションのナレーションは、カジョールの母であるタヌージャーによるもの。
そのタイトル画は、ヤシュ・チョープラー監督作「Vijay(勝利)」(1988)の冒頭でも神話劇を描いているラーム・クマール(抽象画家として著名なラーム・クマール画伯とは別人?)。
最初の夫ワシーン役ディーパック・パラシャールは、「帰ってきたウルトラマン」の団次郎(現・団時朗)タイプ。離婚を言い渡しておきながら、彼女の再婚を知るや、結婚式に現れては彼女にまたも言い寄る。
二番目の夫ハイデール役は、「Salma」、「ボヴァリー夫人」の翻案「Maya」(1993)のラージ・バッバル。ナワーブのワシーンと対比しミドル・クラスを強調するためか、常にパーンを噛みコミカルな設定。
「Don」(1978)などのインスペクター役者だったイフテーカルが使用人役、70年代にアミターブ・バッチャンの親友役など助演で重用されたアスラーニーが力尽くでヒロインに言い寄る大学時代の友人役など、それまでの定番から外れた役柄を与えられており、80年代に入っての立ち位置が見てとれいささか心苦しい。
また、宝石店の店員役で「Kuch Kuch Hota Hai」何かが起きてる(1998)のミス・ブリゲンザーを演じたアルチャナー・プーラン・スィンがちらりと出演。ただし、ダビング(アテレコ)のため例のすかした台詞を聞けないのが残念。
監督のB・R・チョープラー(BRC)は、ヤシュ・チョープラーの兄で、本作の撮影監督ダラーム・チョープラーも弟という映画兄弟。本作など麗しいウルドゥー映画を制作しているが、後にヒンドゥー神話ドラマ「Mahabharat」(1988)、「Ramayan」(2002)などを手がけ、放送時間には通りが無人になるほどの大ブームを放つ。
ロンドンで挙式された結婚式でBRCはサルマーと知り合い、さっそくボンベイに招いて本作のヒロインに大抜擢。嘘か真かABBAのヒンディー・ナンバルを吹き込んでいたとはいえ、音楽監督のラヴィは彼女自身のプレイバックに反対していたとのこと。サルマーの歌声は太く低いハスキー・ヴォイスだったため、ラター・マンゲーシュカルやアーシャー・ボースレー全盛期にあってはヒロインの歌声にそぐわないと思われたのだろう。
もっとも、そこはBRCが粘って、サルマーに合わせたナンバルを用意させたところ、「dil ki yeh arzoo thi(心はこれを願っていた)」、「faza bhi hai jawan(世界も若人)」と「dil ke armaan(心の願い)」の3曲がFilmfare Awardsにノミネート。祝福されたはずの結婚生活を覆う悲運を嘆いたフィルミー・ガザル(恋歌)「dil ke armaan」で見事女性プレイバック・シンガー賞を受賞(内2曲で作詞のハッサン・カマールがノミネート)。
「ニカー」はウルドゥー語彙の「結婚」、ヒンディーでは「シャーディー」となる。
ストーリーからして、十代で結婚・離婚を経験し、なおも若く美しいサルマーが再婚話を演じるというだけに、彼女自身にオーバーラップしてしまう。
手のひらを顔に向けるムサルマーンの挨拶が実に優雅であった。
アーダーブ。