Saawan…(2006)#214
Saawan…(恋の季節) 06.05.17 ★★☆
サーワン
製作・脚本・作詞・監督:サーワン・クマール/撮影:ラージェンドラ・プラサード/音楽:アーデーシュ・スリワスターワ/アクション:ティヌー・ヴェルマー/VFX:アヴィテール・ポスト・ステューディオズ/振付:チンニー・プラカーシュ、ガネーシュ・アチャルヤー、ボスコー-カエサル/編集:クナール・プラブー
特別に重要な出演:サルマーン・カーン
出演:カピール・ジャヴェリー、サローニー・アスワーニー、ジョニー・リーヴァル、プレーム・チョープラー、ランジート、ボビー・ダーリン
特別出演:キラン・ラトール
公開日:2006年4月6日
STORY
恋に落ちたカージャル(サローニー)とラージ(カピール)の前に神と対話する預言者(サルマーン)が現れ、彼女の死を予言するが、果たして回避する方法は…。
Revie-U
サルマーン・カーンの新作!(初回レビュー当時)という触れ込みであるが、実はゴーヴィンダが甥っ子ヴィネイ・アナンを売り出すために名を貸した「Dil Ne Phir Yaad Kiya(心がまた疼き出す)」(2001)のような客寄せ出演。出番としては、実質サンジャイ・カプール主演ながら宣伝用キーアートで全面に出ていた「Shakti(力)」(2002)のシャー・ルク・カーンに準ずる。
ボリウッド・スターには、時にこのような義理や人情からの出演作があって、鼻を利かさないと痛い目にあったりするからハズレ映画まで見る余裕のない人は注意が必要だ。
なお、冒頭でサルマーンの父サリーム・カーンに献辞がなされ、クレディットのトップビリングで「特別に重要な出演」であることが謳われている。
真の主演は、若手のカピール・ジャフェリーとサローニー・アスワーニー。このコンビは監督の前作「Dil Pardesi Ho Gayaa」(2003)からの続投。二人ともサルマーンの大ファンであったそうで、今回の共演を心から楽しんでいた様子。
序盤は、ケープタウンのディスコで出会ったカージャルをラージが口説き落とそうとするラヴコメディ。なにかと袖にされるラージだが、ヒンドゥー寺院を詣でたカージャルに愛を告白、ヴィシュヌとラクシュミーの思し召しで見事、恋が成就。
もっとも、この二人だけでは芝居が持たないため、強力な助っ人として言わずと知れたジョニー・リーヴァルが投入されている。前半、わりと出ずっぱりなので、ジョニー・ファンには嬉しい贈り物。
さらに笑いを膨らませるのが、ジョニー演ずるスーラージの嫁役(!)ボビー・ダーリン。「Na Tum Jaano Na Hum(君も僕も知らずして)」(2001)のおかまちゃんで、「Page3」(2005)では有名デザイナーに昇格。本作では念願(?)の花嫁姿も披露! その悩ましさは、夢に出るほど??
加えて、このふたり、 「Murder」(2004)の逢引ナンバル「bheege hont tere」、「Munna Bhai MBBS(医学博士ムンナー兄貴)」(2003)の病院内悩殺ナンバル「dekh le」、「Koi…Mil Gaya(誰か…みつけた)」(2003)のタイトルナンバルなど、フィルミーソングの替え歌ギャグを連発。
ふたりはさっそく両親に恋人の存在を告げる。ここで両親が衝突して一悶着……とはならず、実は父親同士が幼馴染みと判明! もうここは、マサーラー定番のギャグとして楽しむしかない(苦笑)。
ラージの父親ランジート役は、「Karan Arjun」カランとアルジュン(1995)でカジョールの父親役だったランジート。アミターブ・バッチャン全盛期からの悪役だが、今回はファンキーな父親役とあって思わぬ収穫。
カージャルの父親ファッキー・キャッパーは、かのプレーム・チョープラー。「Bunty Aur Bablie(バンティーとバブリー)」(2006)ではスィク教の開祖ナーナクを彷彿とさせる白髪メイクであったが、本作も同様に凝ったメイクで素性を隠した成り上がりNRI(本名はファキールチャンド・カプール)を演じて楽しませてくれる。
肝心のサルマーンはと言うと、中盤になっての登場。役どころは神と対話する世捨て人的青年で、街で出会ったカージャルを事故から救う一方で、彼の父親の死や、さらには彼女の死まで神託する。
無精髭に、肩まで伸びた例のヘア・スタイルで陰りのある役作りとあって、サルマーン主演の悲痛な純愛ロマンス「Tere Naam(君の名前)」(2003)で恋人ニルジャーラーを失い人の世を悟り切ったラーデーに神の身技が宿ったかのような印象を受ける。
これはあながち邪推ではなく、インドに戻った後半に示される彼の屋敷が「Tere Naam」でロケに使われていたのと同じ洞窟に似た石造りの邸宅であることからも伺われる(この辺の、勝手にスピンオフ物を作ってしまうのが実にインド的)。
さらには、人生のどん底を経験し、神の声が届きつつも、世の営みに翻弄され苦しみ続ける役柄がサルマーンの実人生と重なり、より一層、感情移入を加速させる。その意味でも、サルマーンなしでは、この映画は成立しなかっただろう。
監督のサーワン・クマールは、1970年代から活動。「Sanam Bewafa」(1991)、シュリーデヴィー共演「Chaand Kaa Tukdaa」(1994)の2作でサルマーンと組んでいる。
作品の題名に自分の名前をつけてしまうのはどうかと思うが、そこは臆面のないインド人監督らしいというべきか。
一目惚れしたラージが「Raaj Loves Kaajal」と書き込んだ薔薇の花弁が町を漂い、彼女の部屋へと届き、扉を開けたカージャルがその奇跡?に歓喜する微笑ましいシーンもあるものの、その演出力は特に目を引くところはなく、父親が予言通り突然死したすぐ後で、喪に服すわけでもなくカージャルがピンクの衣装を着て出歩いていたり、ラージはラージで楽しげにドバイへのエア・ティケットを買い込んだりするなどマイナス面も多々感じられるが、マサーラー映画の全体のレベルからすれば平均点(先の「Dil Ne Phir Yaad Kiya」などもっと酷い出来であるから、ある面、これでも上々!)。
ボリウッド・メディアの評価では「これでサーワンは最後の作品となるだろう」とジャンク扱いしている(前作「Dil Pardesi Ho Gayaa」は年間45位)。しかし、はじめからあまり期待しないで見る分には案外楽しめる仕上がりと言えよう。
死の神託を受けたカージャルが「結婚して完全な女性になって死にたい」と彼女の方からプロポーズするのは、「女性にとって結婚が唯一、カルマの浄化方法(サンスカーラ)」と「マヌ法典」にあり、「未婚の女が死ぬとブート(亡霊)になる」とヒンドゥーの間で俗に言われているためだろう。
予言の通り、事故(逃走する強盗に向かって撃った警官の流れ弾による)に遭ったカージャルが死に瀕するに及び、ラージがサルマーンのところへ怒りをぶつけにやって来る。はじめはラージを躱していたサルマーンだが、ここで神の啓示が与えられ、対話中の隙を突かれてラージに叩きのめされてしまう。ラージは手術が始まるカージャルの元へ戻ろうとするが、起き上がったサルマーンが血を流しながら「オレを殺してから行け」と彼を挑発さえする。この時、サルマーンの脳天から額へと垂れる血は、ラージがプロポーズしたカージャルの頭へとナイフで切った自分の親指をなすりつけて施した血のシンドゥール(結婚の印)に符号。
果たして、心停止したカージャルは身代わりとなったサルマーンの生命を譲り受け、蘇生する。サルマーンの、神より授かった運命を自らの苦悩の救済として受け入れる図式も感情を増幅する。
この時、キリスト教の教会、イスラームのマスジド(モスク)、ヒンドゥーの寺院が三神一体としてモンタージュされるのだが、安易な表現に留まっているのに加え、無宗教の現代日本人の眼にはいささか陳腐に映ることだろう。
サルマーンが口にする神は「バグヴァーン」となっていて、映画の中では特定の宗教とは結びつけることなく、超越した宇宙の存在として描かれている。
アクション監督は、サルマーン専属と言えるマヘンドラ・ヴェルマーでなく、サニー・デーオール御用達のティヌー・ヴェルマーを起用。サルマーンがカージャルを救う事故シーンでは、疾走して来たクルマが対向車と正面衝突した瞬間、垂直に吹っ飛ぶというキャノン・バースティングがより進化した形で試みられている。
ケープタウンやドバイの風景を美しく切り取ったラージェンドラ・プラサードの撮影も良好。
監督サーヴァン・クマールの詞を巧みにメロディに乗せたアーデーシュ・スリワスターワのフィルミーソングは案外聴き応えあり。
古城で独りたたずみながら己の運命を嘆くサルマーンの登場ナンバル「tu mila de」は、愛を失い、苦悩に満ちた運命を通して、ただひたすら神へ祈る歌詞がより一層「Tere Naam」を追想させるだけでなく、神との対話に達したスーフィー聖者の生き様を思い出させる。
想いが通じ合ったラージとカージャルがドバイのビーチで踊る痛快ナンバル「panjabi ankhonwali(パンジャビー眼の女の子)」中、「Mujhse Shaadi Karogi(結婚しようよ)」(2005)でも見られたようなカラフルなペイントのバンガローは、他の映画のロケ隊が残して行ったもの??
ドバイ・ロケの「mere dil ko dil ki dhadkan ko(私の心を、胸の鼓動を)」は、シュレーヤー・ゴーシャルの涼しげなプレイバックも手伝ってなかなかに陶酔。カピール&サローニーも意外にテンポの良いステップを見せ、飽きさせない。一方、聚楽風金髪アラビック・ダンサーは動きが揃わず見苦しさが目に付いて興醒めしてしまう。このナンバルのためのセットかと見間違う巨大なモールは、IBNバットゥタ・ショッピングモール。さすがアラブ首長国!
血のシンドゥールを塗ったと同時に、粘り着くクナール・ガンジャワーラーの歌声が流れる初夜ナンバル「jo maangi khuda se」もゆるやかに耳を撫で情感を誘う。
ドバイはジュメイラ・ビーチあたりで撮った借景ロケのタイトル・ナンバル「saawan the love season」は、恋の季節に相応しいスコール後のそよ風を想わせる甘いメロディー。
ところで、ドバイ国際空港の空港から市街地へ移動するシーン(半月型のバージュ・アル・アラブ・ホテルも見える)に貼り付けられた背景音楽のリズム帯が、サンジャイ・ダット主演「Jung(闘い)」(1999)のクラブ・ナンバル「aaila re」(アヌー・マリック)前のインストルメンタル・ダンスナンバルから借用しているのは、シルパー・シェッティーがアラビック・ダンス風にヘソを強調して踊っていたから??
本作に感情移入できるかどうかは、インド的な幻視性と奇跡への共感、そしてサルマーンと「Tere Naam」への心酔度によって違ってくるだろう。
ディープなサルマーン・ファンは、押さえておきたい一作である。
*追記 2006,05,26
ビーチ・ナンバル「panjabi ankhonwali」に映っているカラフルなバンガローは、同じく南アフリカ・ロケの凡作ながらトップ・コリオグラファー(振付師)サロージ・カーンを迎えミュージカル・シーンには潤沢な予算を割いたアイシュワリヤー・ラーイ&アルジュン・ラームパール主演「Dil Ka Rishta(心のつながり)」(2003)の海岸ナンバル「haye dil」(ナディーム-シュラワーン作曲/サミール作詞/アルカー・ヤーグニク&クマール・サーヌー)のために塗られたものと思われる。
*追記 2006,11,02
嫁役のボビー・ダーリンがなぜ<嫁>役なのかというと、彼自身役で出演したサントーシュ・シヴァン監督のアート映画「ナヴァラサ」Navarasa(2005=タミル/英語)にてモナコ国際映画祭助演<男優>賞を受賞後、見事性転換を果たしたからようだ。
なお、サード・ジェンダーのアイデンティティを主題にしたこの作品はNHKアジア・フィルム・フェスティバル(11月2日/3日)にてハイビジョン上映され、シヴァン監督のティーチ・インも行われる他、来春3月に渋谷・ユーロスペースにてモーニング&レイトショー(35mmフィルム)公開される。タミル/英語作品ながら、時より混じるヒンディー・ソングなどボリ・ファンにも楽しめるばかりか、ボビー・ファンには必見の作品となっている。
*追記 2011,02,28
>アーデーシュ・シュリワスターワのフィルミーソングは案外聴き応えあり。
「mere dil ko dil ki dhadkan ko」中、可憐なシュレーヤー・ゴーシャルのプレイバックに続くシャーンのメロディー・ラインが、フェーローズ・カーン製作・助演、アニル・カプール主演「Janbaaz」(1986)中のエレクトリカル・ビーツ「pyar do pyar lo」(サプナー・ムカルジー×S・ジャンキ)のそれを継承。詞とマッチしてることから、監督サーワンの指示?
>ボリウッド・メディアの評価では「これでサーワンは最後の作品となるだろう」と
予言通り、70年代から21本を数えるサーワンの監督作は本作で最後となった。