Taare Zameen Par(2007)#192
「Taare Zameen Par(地上の星たち)」
★★★★★
ターレー・ザミーン・パル
製作・主演:アーミル・カーン/脚本・創造監督:アモール・グプタ/共同監督:キラン・ラーオ/撮影:セトゥ/作詞:プラスーン・ジョーシー/音楽:シャンカル-エヘサーン-ローイ/プロダクション・デザイン:シュルティー・グプタ/編集:ディーパー・バーティア
出演:ダルシール・サファリー、アーミル・カーン、タネイ・チャッダ、サチェト・エンジーニア、ティスカー・チョープラー、ヴィピン・シャルマー
公開日:2007年12月21日(日本未公開)/165分
Filmfare Awards:作品賞、監督賞、原案賞、批評家選主演男優賞(ダルシール・サファリー)
Screen Awards:監督賞、台詞賞、作詞賞、原案賞、新人監督賞、助演男優賞(アーミル・カーン)、子役賞(ダルシール・サファリー)
National Film Awards:最優秀家族映画賞

(C)Aamir Khan Productions, 2007.
STORY
想像力豊かな少年イシャーン(ダルシール)は、その感性故に周囲とトラブルを起こし、遂に父親によって寄宿学校へと入れられてしまう。家族に捨てられた思いで沈み込む彼の前に現れた新任美術教師ラーム(アーミル)は、イシャーンがディスレクシア(失読症)であることとそれを持ってあまりある特異な才能に氣づく…。
Revie-U
2007年の年末に公開されるや瞬く間に各映画賞を総なめにしたアーミル・カーンの製作/出演/初監督作。弱冠11歳のダルシール・サファリーがシャー・ルク・カーンと主演男優賞を競い、また本人も子役賞に不快を示すなどして話題をさらった。
その高い完成度とは裏腹にFilmfare Awardsにも作品映像を提供せず、我が道を行く完全主義を貫き通した強氣のアーミル。チベットでの武力弾圧に対して北京オリンピック開催の抗議が世界規模で高まる中、全インドの怒号を物ともせず聖火ランナーに挑み、新作「Ghajini」(2008)では極限まで鍛え上げた全身にタトゥーを施したアーミルのイメージからしてさぞかし鼻息荒い作品かと思えば、これが実に純粋な仕上がりとなっていて驚かされる。
冒頭で示されるイシャーンの宇宙からして並々ならぬ作品であることが伺われ、喧嘩した彼が泣きながら屋上へ駆け登るや糸切れた凧が落ちてイシャーンの心情を表す暗喩にもはっとさせられる。
後半も、イシャーンのことを氣にかけるラームが通りを歩けば、屋台から転がった丸いキャベツを拾い上げる→大きく丸いゴムボールで子供たちと遊ぶラーム→ラームの丸い瞳と、アーミルの演出はまるでサブリミナルのようにイメージの連鎖で語りゆく。
罰として廊下に立たされたイシャーンをラームが振り返る時、そこに見えるのは授業が終わって飛び出して行く生徒たち。映画で描かれる苦難がイシャーン独特のものではなく、サブタイトルにある「every child is special」の意味に思い至る。
終盤、ラームが企画したアート・メーラー(フェス)で、それまで生徒とかけ離れていた教師までが絵を描くことに夢中になる。絵画がイシャーンの心だけでなく、教師や校風までも変える。
画一的でなく、すべての子供たちに見合った教育を授けることは(例え膨大なコストがかかったとしても)、世界とインサーン(人)をもっと豊かに変えることだろう。
(初出 ナマステ・ボリウッド16号/2008年12月掲載分改訂)
*初期コレクター・ボックスは、219×306×32mmとほぼA4判サイズの大型化粧箱入りという豪華仕様。本編DVD +特典DVD+サントラCDの3枚ディスク、そして劇中登場するイシャーンとラームが描いた図版2点、ノート型ブックレット、劇中に登場するイシャーンが描いたパラパラマンガ(これが泣かせる!)、さらに鉛筆付き。また本編ディスクにはアーミルによるコメンタリー(英語/字幕なし)も収録。オール・リージョン対応の中国/台湾製格安DVDプレイヤー及びPCで再生可能。
*追記 2011,02,06
ボリウッドで現役俳優が監督に手を染めたケースは、アヌパム・ケールの「Om Jai Jagadish」(2002)やナスィールディン・シャーの「Yun Hota Toh Kya Hota(もし起きたら何が起きる)」(2006)などの例があるが、いずれも作品的・興行的に成功していない中、アーミルは自らも重要なポジションを演じながらこれを物にしている。
これは当初に監督を務めたアモール・グプタが継続してクリエイティヴ・ディレクターを、アーミルの伴侶であるキラン・ラーオがアソシエート・ディレクターを務めているためもあるだろう。
しかし、「3 Idiots」3バカに乾杯!(2009)におけるアーミルの高い演技力を見るに、彼の演技メソッド自体が本作で描かれる美術教師ラームによる読字学習のようにたゆまぬ努力と劇中キャラクターへの心情移入をもたらす並々ならぬ<想像力>から成り、それ故、イメージ豊かな監督作品に結実することが出来たのであろう。

(C)Aamir Khan Productions, 2007.
と言うのも、劇中のキャメラ・ポジションが主人公イシャーンの目線となっていて(それはイシャーンが帰宅し玄関の扉を開けるショットに示されている)、アーミル自身がイシャーンの<役作り>に臨むかのようにイメージを膨らませたことが判る。
冒頭、苔生(む)した側溝の水中をイシャーンの心象風景としての小宇宙として描いていることも驚嘆に値する。この1ショットで、どんなにつまらないと思われる場所にも美しい生命力が満ち、「すべての子供たちが特別な存在」というサブタイトルが重ね合わさる。
アーミル扮するラームは、初めの授業で仮装して登場し道化ナンバル「bum bum bole」で子供たちの心を摑む。美術教師だけに子供たちひとりひとりの情動を感じ取り、寄宿学校へ入れられホームシックでふさぎ込むイシャーンへと視線が注がれ、彼がディスレクシア(失読症)であることに氣づく。
そして、絵画好きな側面を引き出しつつ、アルファベット遊びや肌に単語を書いて当てさせたり、階段の上り下りで計算の感覚をつかませるなど、まさに創造的な教育法を用いてイシャーンを開花させてゆく。
(ディスレクシアは米国民の1割にも達すると言われるように、ハリウッドの俳優にもしばしば見られ、本作の劇中ではアビシェーク・バッチャンの名が上がっている)
「常にリスクを選ぶ」がマントラ(モットー)であるアーミルだけに初監督作で(監督を手がけることになったのは制作が始まってからの行きがかり上だが)、これまでボリウッド・メジャーが見向きもしなかった教育映画をストレートに取り上げていることにも感嘆を禁じ得ない。
これまでブログでシャー・ルクを茶化すなど唯我独尊的に思われたアーミルだが、出演者クレジットもトップ・ビリングは子役のダルシールに譲ってのセカンド・ビリングと弁(わきま)えているばかりか、授業強迫ナンバル「bheja kum」のソング・ディレクターとしてラーム・マドワニーを、エンディング・ロールに映し出されるドキュメンタリー・ビデオの監督として助監督のスニール・パーンディーの名をしっかりクレジットしている。
タイトルにはボリウッド初のクレイメーション(粘土アニメ)やイシャーンの空想に2Dアニメを使用。これらの発想は脚本とクリエイティヴ・ディレクターを務めたアモール・グプタによるところも大きいはず。
そのアモール、さぞかし繊細な人物かと思いきや、ヴィシャール・バラドワージ監督作「Kaminey(イカれた野郎)」(2009)でグンダー(愚連隊)の豪放な親玉を演じているのだから驚き。アーミルとは「Jo Jeeta Wohi Sikandar」勝者アレキサンダー(1992)の頃からの仲で、妻ディーパー・バーティアは本作及び「マイ・ネーム・イズ・ハーン」My Name is Khan(2010)の編集を手がけている才人夫婦だ。
さて、本作の魅力を高めているのは、やはりイシャーンを演じたダルシール・サファリーの存在感にある。個性ある顔つきに加え、内面から演じる天性の演技からイシャーンそのものに感じられる。
その後、イラン映画「運動靴と赤い金魚」をリメイクしたプリヤダルシャン監督作「Bumm Bumm Bole(バンバン唱えて)」(2010)に出演。タイトルは本作のヒット・ナンバルから臆面もなく借用しているところがプリヤダルシャンらしいが、それだけダルシールと本作がインパクトを放っていたということだろう。
ちなみにウォルト・ディズニー製作による少年ヒーロー物「Zokkomon」が2010年5月リリース(封切り)予定でトレーラーまで出来ていたものの、大幅に遅れている模様。
サポーティングは、イシャーンの親友役ラージャンにリメイク版「DON」(2006)のタネイ・チャッダ。その後「スラムドッグ$ミリオネア」に出演、「マイ・ネーム・イズ・ハーン」ではシャー・ルクの幼年時代を演じ、新作はドイツ・スペイン・オーストリア合作「Hexe Lilli」(2011)と早くも国際的に活躍。
ただ、ダルシールに比べるといかにも秀才子役的な芝居の上手さ故にこぢんまりした印象で、逆の配役では成り立たなかったであろう。
また、イシャーンを温かく見守る母親役ティスカー・チョープラーは、「Karobaar(愛の取引)」(2000)などマイナー街道を歩いて来、本作でようやく注目を浴びることとなった。
アジャイ・デーヴガン主演の新作「Dil Toh Baccha Hai Ji(心は子供のまま)」(2011)ではヒロインのひとりに昇格するも相手役が退廃的なキャラクターを売りにしてきたイムラーン・ハシュミーというのが可愛そう。

(C)Aamir Khan Productions, 2007.
音楽監督トリオ、シャンカル-エヘサーン-ローイによるナンバルはどれも秀逸。特に寄宿学校へ入れられたイシャーンの心情を綴る哀愁ナンバル「maa(母さん)」が胸を打つこと請け合い。
もっとも、コンセプト的に授業強迫ナンバル「bheja kum」はピンクフロイド「The Wall」〜「another brick in the wall」を踏襲(「mother」という曲もあるのが興味深い。ちなみに1990年にベルリンで行われたロジャー・ウォータース版「The Wall Live in Berlin」が圧巻!)
本作は米アカデミー賞外国語映画賞受賞こそ逃したものの、ウォルト・ディズニーにより「Like Stars on Earth」の英題でDVD化されている(リージョン1)。
米国内での注目度も高く、ヒラリー・クリントン米国務長官が訪印した折りにTVでアーミルと教育問題について会談が為されるなど、アーミルをボリウッドないしインドのニュー・リーダーとして期待No.1へと押し上げることとなった(オバマ米大統領夫妻が訪印した際もアーミルが懇親会に招かれている)。
反面、これほどの傑作が日本市場に入って来ていない事実は、単に興業的な側面だけでなく、本作が観客の心へ働きかける社会的な効果を考えると国益を損なっていると言っても言い過ぎではなかろう。
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