Ishqiya(2010)#188
「Ishqiya(色欲)」★★★★
イシュクイヤー
製作・音楽・脚本・台詞:ヴィシャール・バルドワージ/製作:アマン・マールー/監督・脚本:アビシェーク・チョーベイ/脚本:サブリナー・ダーワン/撮影監督:モーハナ・クリシュナ/作詞:グルザール/音楽プロデューサー・背景音楽:ヒテーシュ・ソーニック/音楽プロデューサー:クリントン・セレージョ/衣装:パーヤル・サルージャー/アクション監督:ジャイ・スィン/プロダクション・デザイン:ニティン・C・デーサーイー/編集:ナムラター・ラーオ
出演:ナスィールディン・シャー、ヴィッディヤー・バーラン、アルシャード・ワールシー、サルマーン・シャーヒド、アディル・フサイン、アージェーシュ・シャルマー
助演:アヌパマー・クマール、ガウリー・マッラー、アーローク・クマール、アニシャー・バーノー
公開:2010年1月29日(日本未公開)/116分
Filmfare Awards:批評家選主演女優賞(ヴィッディヤー・バーラン)、作詞賞(グルザール)
Screen Awards:主演女優賞、助演男優賞(アルシャード・ワールシー)、作詞賞、男性プレイバックシンガー賞(ラーハト・ファテー・アリー・ハーン)、
Zee Cine Awards:主演女優賞、作詞賞
STORY
チンケなやさぐれ男カールー(ナスィールディン)と相棒のバッバン(アルシャード)は、グンダー(愚連隊)である義兄ムスターク(サルマーン・シャーヒド)から金をせしめために追われ、ネパールとの国境に程近いゴルカプルに住む悪党ヴィッダヤール・ヴェルマー(アディル・フサイン)の家に転がり込む。が、ヴィッダヤールは結婚後、自宅で起きたガス爆発により死亡していた。彼らを匿うこととなった未亡人クリシュナー(ヴィッディヤー)は、やがて地元の鉄鋼屋誘拐をもちかけ…。

(c) Vishal Bardwaj Pictures, 2010.
Revie-U
*真相に触れています。
2010年度の主立った映画賞Filmfare Awards、Screen Awards、Zee Cine Awardsで主演女優賞を本作で制覇したヴィッディヤー・バーラン。しかも前年はアミターブ・バッチャン、アビシェーク・バッチャンの父子主演「Paa(父)」(2009)でFilmfare AwardsとScreen Awards主演女優賞を受賞しており、2年連続制圧となる。
これは「Hum Tum(僕と君)」(2004)と「Black」(2005)で主演女優賞を総なめにし、アワード・キラーと称されたラーニー・ムカルジーに続く快挙。このふたりが共演した実録映画「No One Killed Jessica」(2011)が好評ヒット中。
ナスィールディン・シャー扮するカールーは、リリカル・ナンバル「dil toh bachcha hai ji(心は子供のままに)」そのままに50過ぎながら年甲斐もなくクリシュナーに惚れるやそれまで肌身離さず持ち歩いていた想い出の踊り子写真と決別。しかし、女の裏切りに遭い、少年のような失恋を再体験する。
ヴィッディヤーの主演女優賞やアルシャードの助演男優賞など、やはり彼の深みのある芝居に引き出されたものと言える。
相棒バッバン役アルシャード・ワールシーは、ヴィッディヤーとの生々しいキス・シーンもあって旨味のある役。
サンジャイ・ダットと組んだ「Munna Bhai MBBS(医学博士ムンナー兄貴)」(2003)の当たり役サーキットに次ぐ印象を見せる。アルシャードは一枚看板となるとからっきし心許ないが、こうして名優との相乗効果でチャームが引き出される訳だ。
ストーリー・ラインは、悪女グレーシー・スィンがヴィジャイ・ラーズ、ラグヴィール・ヤーダウらを巻き込んで黄金のクリシュナ像を盗み出すブラックコメディ(おそらく)の凡作「Dekh Bhai Dekh(見てなよ、兄さん)」(2009)に通ずる。

(c) Vishal Bardwaj Pictures, 2010.
ヴィッディヤー演ずるクリシュナーは、元から悪女だった訳ではない。
地元で名を馳せた悪党ヴィッダヤールと結婚し、彼に投降を促しカタギになるよう強いる。しかし、彼は独立主義ゲリラへの銃器供与から足を洗う氣は毛頭なく、警察からの追求を逃れるためガス爆発による事故死を偽装し、彼女を捨てたのだった。
いつしか復讐を誓ったクリシュナーの前に現れたのがカールーとバッバンで、義兄からかすめた金の返済を迫られるふたりに、ヴィッダヤールの仲間である鉄鋼屋カッカル誘拐の片棒を担がせる。
が、物語の要は、刃物で切った親指をクリシュナーに<しゃぶられた>バッバンが、フィルミー・ネタとやはり傷の手当てをされたカールーが、彼女に恋をしてしまうことにある。故意かどうか解らぬ色欲の誘いに乗って。
サポーティングは、カールーを追うムスターク役にジョン・エイブラハム×アルシャード共演「Kabul Express」(2006)にも出演しているパキスタンの名優サルマーン・シャーヒドを起用。
誘拐される鉄鋼王の愛人美容師マン(ム)ター役ガウリー・マッラーは、マニーシャー・コイララと同じくネパール出身。コリウッド(カトマンドゥーのKをとったネパール映画界の俗称)で活躍する女優で、90年代末には喜劇「Leemaa Paapi」などでヒロインを務めていたが、本作でボリウッド進出となる。
ヴィッディヤーと同じく作詞賞で3つの映画賞をさらったのが、グルザールの作詞「dil toh bachcha hai ji(心は子供のままに)」。bachcha(子供)とkachcha(生/未熟)が韻を踏んでいる。受賞を征しただけでなく、アジャイ・デーヴガンら主演の3バカ・コメディー映画「Dil Toh Bachcha Hai Ji」(2011)にさっそくタイトル借用されてしまったが。
クリシュナーがひとり暮らす川べりの大きな農家はラストで燃え上がるように、シャー・ルク・カーン主演「Devdas」(2002)の荘厳な美術を手がけたニティン・チャンドラカーント・デーサーイーによるオープン・セット。細部まで手のこんだウェザリング(汚し)が施され、実際に使い込まれた農家のよう。
製作は、シャーヒド・カプール主演「Kaminey(イカれた野郎)」(2009)の監督兼音楽監督ヴィシャール・バルドワージ。
監督は、「Iqbal」(2005)の妹役シュウェーター・プラサードがWロール(二役)で主人公を演じたヴィシャールの監督第1作「Makdee(黒魔術)」(2002)から助監督を務め、「The Blue Umbrella」(2005)より脚本にも参加していたアビシェーク・チョーベイ。ヴィシャール譲りの映画ネタがくすぐる。

(c) Vishal Bardwaj Pictures, 2010.
プロローグ明け、湖畔で生バンドに演奏させナスィールディンとアルシャードが踊り戯れるナンバルは、「Dil Apna Aur Preet Parai」(1960)より「ajib dastan hai yeh(これは風変わりなお話)」(ラター・マンゲーシュカル)。
「Rock On!!」(2008)で、洋楽志向の夫ファルハーン・アクタルの前で初めて妻プラチー・デーサーイーが恥ずかしそうに歌うノスタルジックな昭和歌謡風の曲がこれ。
ナスィールディンらに取り立てをかける義兄が持つモバイル(携帯電話)のリング・トーン(着メロ)は、ヤシュ・チョープラー監督作「Waqt(時)」(1965)のメモラブル・ナンバル「aye meri zohra zati(おお、我が美しき妻よ)」(マンナ・デイ)で実際、妻からかかってくる。
「DDLJ」(1995)の後半で屋上で歌い踊るシャー・ルクらに割って入ったアムリーシュ・プリーが一喝するかに見えて、最愛の妻ファリーダー・ジャラールに向かって歌い出すあの曲、と言えばお判りだろう。
ヴィッディヤーが朝の下ごしらえをしながら口ずさむのは、ナスィールディンの台詞にある通り音楽監督ジャイディープによる「Tumhare Liye(君のためだけに)」(1978)の「tumhen dekhti hoon to」(ラター・マンゲーシュカル)。
誘拐計画を持ちかけられた晩、ナスィールディンが聴くラジオから流れるメランコリックなメロディーは「Dilli Ka Thug(デリーのイカサマ野郎)」(1958)より「yeh raaten yeh mausam(この宵に、この季節)」(キショール・クマール×アーシャー・ボースレー)。
赤線の酒場で流れるナンバルは、本作で作詞を手がけるグルザールの監督作「Kitaab(本)」(1977)より「dhanno ki aankhon mein(闇の目の中に)」(R・D・バルマン)。ただし、この場面でめくる本は娼婦の顔写真が並んだアルバム。
鉄鋼屋が愛人宅へ行く場面及び目隠しプレイで流れるのは、「Intaqam」(1969)〜「aa jaane jaan」。珍しくラターがヘレンの妖艶なダンスにプレイバックしている。
アルシャードとヴィッディヤーがベッドの上で踊るナンバルがミッカ・スィンの「dil mein baji guiter」〜「Apna Sapna Money Money(私の夢はマネー・マネー)」(2006)。確かに想いを寄せた女性が自分の仲間とベッドの上でフィルミーを踊っていたらショックなはず!
誘拐決行直前、マルチ・ヴァン(軽ワゴン)で待機するナスィールディンとヴィッディヤーがラジオからのメロディーを聴き、音楽監督を言い当てるのが「Anupama」(1966)より「kuchh dil ne kaha kuchh bhi nahin」。音楽監督は、ヴィッディヤーの言い張るS・D・バルマン(R・D・バルマンの父)でなく、ナスィールディンが答えたヘーマント・クマール。
おそらく10年前ならタッブー、20年前ならかのレーカーが艶めかしくも妖しい未亡人を演じたことだろう。その点、ヴィッディヤーでは今ひとつそそるところが足りないように思える。が、そんな彼女が悪女に扮したところが評価されたと言える。

(c) Vishal Bardwaj Pictures, 2010.