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Kitaab(1977)#186

2011.01.31
オススメ度 =陳腐 ★★=退屈 ★★★=平均点 ★★★★=面白い! ★★★★★=お気に入り!!

Kitaab「Kitaab(本)」★★★★★
キターブ

製作・監督・脚本・台詞:作詞:グルザール/製作:プランラール・メーヘター/原作:シャマレーシュ・バス(「Pathik」)/脚本:ブーシャン・バンマリー、デーバブラーター・セーングプタ/撮影:M・サムパト/音楽:R・D・バルマン/美術:アジート・バナルジー

出演:ウッタム・クマール、ヴィッディヤー・シャルマー、シュリーラーム・ラグー、マスタル・ラージュー(ラージュー・シュレスタ)、マスタル・ティトー、マスタル・ラッキー(ラッキー・アリー)、マスタル・パンカジ、マスタル・アニース、インドラーニー・ムカルジー、ラーム・モーハン、ディーナー・パータク、ケーシュトー・ムカルジー、アシート・セーン、T・P・ジャイン、カマル・ディープ、アモール・セーン、ランヴィール・ラージ、パルデーシー、チャンドゥー、ナンドラール・シャルマー、ワスント・バーフラーウ
特別出演:オーム・シヴプリー、シュリーラーム・ラグー、ナースィル・フセイン(ノンクレジット)

公開年:1977年(日本未公開)

STORY
バーブラー(マスタル・ラージュー)
は母(ディーナー・パータク)と離れ、都会に住む姉夫婦に預けられた身。小学校では勉強に身が入らず、悪戯ばかり。ある日、母恋しさのあまり家出して・・・。

Revie-U *真相に触れています。
20世紀末に起こった「インド映画ブーム」の際、「インド映画の9割は歌あり踊りありなんでもありでハッピーエンドのマサーラー映画」と喧伝され、残りの1割が「貧困を描いた高尚な芸術映画で政府の紐付き予算で映画祭向けに制作され、一般大衆は見向きもしない」といった印象が植え付けられてしまった感があるが、実はそれ以外に「第3の映画」とも呼べる映画が存在した。

商業マサーラー映画の対極として、パラレル・シネマ(アート映画)と呼ばれる社会問題や歴史を題材とした非ミュージカルの西洋映画的なシリアスな作品が位置するが、その中間に小市民の生活を描いた小粒な(娯楽王道のマサーラー映画が3時間なら、こちらはダンスはなく2時間サイズ)映画。
「Golmaal(ごまかし)」(2006)の源流である「Bawarchi(料理人)」(1972)などのリシケーシュ・ムカルジー監督や、リシケーシュ作品の多くで脚本を手がけ自身も監督として活躍したグルザールなどがこれにあたる他、アミターブ・バッチャンもリシケーシュの小粒な作品から育ち、彼の妻となったジャヤー・バードゥリーもこの小粒なジャンルの人氣女優であった。

これら「中間映画」の魅力は、庶民の生活描写を基盤に社会性も踏まえつつ過剰な娯楽演出は控え、それでいて商業映画としての高いクオリティを保っているところにある。

本作で見せるグルザールの演出は、少年の家出をロード・ムービーとして描き、鮮烈なフラッシュバックでストーリーを語ってゆくところなど、アメリカン・ニューシネマの傑作「バニシング・ポイント」に通じ、劇映画としての部分と少年たちが町を徘徊して出会うリアルな大道芸人のジャードゥーガル(手品師)との掛け合いにおけるドキュメント・タッチとの融合など、サントーシュ・シヴァンが監督作「ナヴァラサ」Navarasa(2005=タミル)で用いた手法の先駆けにあたる。

原作は、ベンガリー文学者サマレーシュ・バスの小説。
グルザールは彼を愛読していて、その他に「Namkeen」(1982)も「Akal Basant」の映画化。
来日インタビューにあるように、グルザールはこれに自伝的な思い入れを投影して制作。

少年バーブラーは母と離れ姉夫婦の下で私立の小学校へと通うものの、級友と遊んでばかり。放課後は煙草を吸い、試験はカンニング。義兄からこっぴどく叱られ、姉夫婦の間もぎくしゃくし始めたころから、ある日、母のいる村へと無賃乗車で家出を決行する。
と、これは物語の進行順。映画は列車の中からスタートし、寝台の上段で○×(日本と同じ方式)をする兄妹のノートが落ちるや、学校で英語教師から叱責を受けるフラッシュバックとなる。

程なくしてバーブラーは車掌に捕まるが隙を見てまた電車に飛び乗り、めしいの乞食や小人と知り合い社会には多様な人々が暮らし、その生き様を垣間見る。そしてある晩、駅に寝ていた老婆の毛布に潜り込むも明け方、その老婆が路上死していたことを目の当たりにし、勉強することの必要を悟るのであった。

マスタル(Master)は男の子役を示し、女の子役はベビー(Baby)を用いてクレジットされるが、ゼロ年代に入ってほとんど見られなくなってしまった。
主人公を演じたマスタル・ラージューことラージュー・シュレスタは、グルザール監督作「Khushboo(芳香)」(1975)の幼い子役(この作品ではTahaan」タハーン 少年とロバ の母親役サリカーが初々しい少女役で出演)。
その後もマイナー映画で俳優を続け、Hum Aapke Dil Mein Rehte Hain(私はあなたの心に)」(1999)でカジョールの弟役を演じている。

ちょっと美顔の親友パップー役マスタル・ティトーは、ヒンディー娯楽映画の名作「Amar Akbar Anthony」アマル・アクバル・アントニー(1979)でリシ・カプールが演じた次男アクバルの子役も演じているが、アーミル・カーン N ジュヒー・チャーウラー主演「Love Love Love」(1989)を最後にスクリーンから離脱。

眼鏡の秀才役マスタル・アリーは、なんとリティク・ローシャンのデビュー作Kaho Naa…Pyaar Hai(言って…愛してるって)」(2000)でポップシンガー起用の走りとなったek pal ka jeenaをプレイバックしたラッキー・アリーその人。役者としてもぽつぽつ出演し、東京国際映画祭でも上映された米「レザボア・ドッグス」の翻案「Kaante」トゲ(2002)にも悪党役で出演。

母親役のディーナー・パータクは名物女優で、大柄な体躯ながら愛情細やかな芝居を見せ郷愁を誘う。
校長に、リメイク版DON(2006)でオーム・プリーが演じたマリック役(実際はボーマン・イラーニー)に扮しているDon(1978)のオーム・シヴプリー
バーブラーが邂逅する唄歌いの乞食役に、「Muqanddar Ka Sikandar(運命の帝王)」(1978)でアミターブ・バッチャンが幼い頃から想いを寄せるヒロイン、ラーキー(グルザール夫人)の父親役、あるいは英「ガンジー」(1982)でゴーカレーを演じていたシュリーラーム・ラグーが特別出演。その深みのある震えた声が放浪者の哀れみを伝える。
また、「Amar Akbar Anthony」の神父役ナースィル・フセインが医師役でカメオ出演(ノン・クレジット)。

ダンス・シーンこそないものの、<ミュージカル・シーン>は用意されていて、機関車運転手が歌うdhanno ki aankhon mein(闇の目の中に)」R・D・バルマン)や物乞いが列車で歌う「mere saath chale na saya(我が影が共に行かずして)」サパン・チャクラワルティー)など走り行く列車でのナンバル。
ラストで母や兄夫婦とボンベイへと戻る場面で、彼を捕まえた車掌や物乞いの歌声と再会する時、列車が人生のメタファーであったことに氣づく。
そして、またそれは後年、グルザールとA・R・ラフマーンの代表曲となったシャー・ルク・カーン主演ディル・セ 心から」Dil Se..(1998)〜chhaiyaa chhaiyaa(影よ影よ)」を思い出させる(sayaもchhaiyaaも影の意)。

教師が不在時に教室で子供たちが歌うmasterji ki aa gayi chitthi(先生の手紙が来ちゃった)」をプレイバックしているパドミニー・コルハープールは、後に女優としてリシ・カプール共演「Prem Rog」(1982)などでヒロインを務める。

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