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Salaam Bombay!(1988)#170

2011.01.15
オススメ度 =陳腐 ★★=退屈 ★★★=平均点 ★★★★=面白い! ★★★★★=お気に入り!!

Salaam Bombay!

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「サラーム・ボンベイ!」Salaam Bombay! ★★★★

製作・原案・監督:ミーラー・ナーヤル/原案・脚本:スーニー・ターラープルワーラー/撮影:サンディ・シセール/音楽:L・スブラマニアム/総合意匠:ミッチ・エプスティン/編集:バリー・アレキンデル・ブラウン

出演:シャフィーク・サイード(新人)、ハンサー・ヴィタール(新人)、チャンダ・シャルマー(新人)、ラグヴィール・ヤーダウ、アニター・カンワール、ナーナー・パーテーカル
助演:アンジャーン、アムリット・パテール、ラーム・ムールティー、ショーカット・アーズミー、ハニーフ・ザフール、ラーメーシュ・ラーイ、イルファーン・カーン、ユーヌス・パルヴェーズ、ラーメーシュ・ゴーヤル、サンジャナー・カプール、アミール、ディンシャウ・ダジ、ジョイス・バルネートー、ハッサン・クッティ、モハンメド・アリー、アンジャン・スリワースタ、スラバー・デーシュパンデー

公開日:1988年9月13日(日本公開1990年3月)
National Film Awards 子役賞/ヒンディー賞
カンヌ国際映画祭観客賞/ゴールデン・キャメラ賞
LA女性映画祭リリアン・ギッシュ賞
モントリオール国際映画祭3冠
米アカデミー賞外国語映画賞ノミネート

STORY
地方巡業のサーカスから追い出された少年クリシュナ(シャフィーク)は大都会ボンベイに身を寄せ、チャイ運びの職を得る。ケチな売人チリン(ラグヴィール)と知り合った矢先、ネパールからカマーティープラの売 春 窟に売られてきた少女(チャンダー)に恋心を抱くが・・・。

Revie-U
サタジット・レイに次いでインドを舞台とした映画で世界に知られ、女性監督ミーラー・ナーヤルの出世作となったばかりか、「スラムドッグ$ミリオネア」の原点がこれ、と言えよう。

舞台となるのは売 春 婦が8000人いるとも言われるフォークランド通りの赤 線カマーティープラ。ここにミーラーは1年半以上も通い、実際のストリート・チルドレンを集め(120人から最終的には25人)、演技のワークショップから始めたという。

主人公クリシュナに選ばれた12歳のシャフィーク・サイードも1日20ルピーの支給金目当てでワークショップに参加したひとり。52日分の出演料は15,000ルピーにもなったそうだ。映画は海外でもロングラン・ヒットしたが、当時のヒンディー映画界では彼を使おうというプロデューサーはなく、映画界への道を諦めバンガロールへ移り、現在はリクシャワーラー(オートリクシャーの運転手)をしているとのこと。

クリシュナが想いを抱く少女がネパール人であるのは、インド人に比べ小柄で色白なことから現実の売 春 窟で「需要」が多いため。山村からカトマンドゥーのカーペット工場への斡旋と称して「リクルート」されるというが、実の家族が真実を知りながら娘を売ることも多いと考えられる。なぜなら、そのような人 身 売 買は過去何十年と続いており、ネパールからインドに売られる少女は1987年当時、年間15万3000人にも達しているからだ(「ネパールの少 女 買 春 女性NGOからのレポート」(ABCネパール編/矢野好子訳/明石書店/1996年発行)。

エイズの危険にさらされ、故郷へ帰っても家族から厄介者扱いされる売られた少女より、大人たちに搾取されながらも氣ままに生きられる少年たちはまだ幸運であろう。

その、少年たちを搾取する売人チリンに扮しているのが、Peepli Live(2010)のラグヴィール・ヤーダウ。その哀れな姿は、本物の売人に見える。ストリート・チルドレンにすがらなくては生きてゆけない姿が実に忍びない。

そして、チリンをパシリに使っているのが、ヒモのバーバー。演ずるはラジュー出世する」Raju Ban Gaya Gentleman(1992)のナーナー・パーテーカル
抱え込んだ娼 婦の扱いがこれまたリアル。

また、売 春 宿を取材する外国人ジャーナリスト役に、シャシ・カプールカリーナー・カプールの伯父)の娘サンジャナー・カプール。彼女はこの年、ナスィールディン・シャー主演「Hero Hiralal」(1988)でヒロイン・デビューするが、英国人とのハーフ顔が時期尚早で芽が出ずに終わった。

そして、売 春 宿のガル・ワーリー(女将)役がシャバーナ・アーズミーの母で、ボンベイ演劇界で鳴らしたショーカット・アーズミー。彼女の自伝想い出の小路で次のように綴っている。

ーーほどなくして、わたしはカマーティープラの雰囲気を完全に掴み取り、次第にこのガル・ワーリーという役にのめり込んでいった。自分が役になりきれていると確信したのは、カマーティープラに住む少女たちが笑いながら言った一言を聞いたときだった。「まあ、これがシャバーナの母親だなんて誰が言うもんか。こりゃ、正真正銘のガル・ワーリーだね。なんてギラギラした目であたしらを見ているんだろう」(村上明香・麻田 豊訳/ウルドゥー文学会刊)

特筆すべきは、手紙代書屋役でチラリと姿を見せているのが、イルファーン・カーン。今や「スラムドッグ$ミリオネア」や「マイティ・ハート/愛と絆」など海外出演作品も多く、ボリウッドの実力俳優に登り詰めている。
メジャー作品に浮上して来たのはゼロ年代に入ってGaath(殺人)」(2000)あたりからだが、20年以上経っても「あの手紙代書屋」と言えば思い出す人も多いインパクトある役柄(そのような商売が成り立つ、ということでも)。

リアルなインドの姿を切り取っている、と言われるが、リアルなのは何も悲惨な現実ばかりだけではない。根っからの映画好きであるインド人の姿が「リアル」に反映されているので、その点をさらっとおさらいすると…
ボンベイに出て来たクリシュナが浮浪者の子供とつかみ合う場面で子供が歌うのが、リシ・カプールランビール・カプールの父)主演Karz(借り)」(1980)のメガヒット・ナンバル「om shanti om」で、あのOm Shanti Om」オーム・シャンティ・オーム(2007)のオープニングで再現されている名曲。
つかみ合いに対して「シャーンティ(平穏=落ち着け)」と返している訳だ。

娘マンジューが「これはあたしの曲」とカセットテープに合わせて踊るのが、マドゥバーラー主演、犯罪スリラー「Howrah Bridge」(1958)でヘレンが踊るヒット・ナンバル「mera naam chin chin chun(私の名前はチン・チン・チュン)」
Kuch Kuch Hota Hai」何かが起きてる(1998)の学園ステージ場面など、何度となく引用されている定番ソングだ。

チリンがクリシュナに壁のレンガを取り外し隠し金庫とさせる場面で彼が口ずさむのが、ラージェーシュ・カンナーアクシャイ・クマールの義父)主演「Aradhana(崇拝)」(1969)のメモラブル・ソング「mere sapno ki raani(夢のお姫様)」
シャー・ルク・カーン主演Rab Ne Bana Di Jodi(神は夫婦を創り賜う)」(2008)のフィルミー・ナンバル「phir milenge chalte chalte」で高原列車に乗るプリティー・ズィンターのパートがこれの敬愛。

クリシュナたちが映画館で観ながら踊っているのが、本作撮影時にヒットしていたアニル・カプール主演「Mr.India」Mr.インディア(1987)でシュリーデヴィーが艶めかしく踊る「hawa hawai」。プレイバックは、カヴィター・クリシュナムールティー

インド門の前で外国人観光客にガンジャを売る場面でチリンが口ずさんでいる「dum maro dum(キメてぶっ飛べ)」は、デーヴ・アナン(=アーナンド)主演・監督「Hare Rama Hare Krishna」(1970)の伝説的ナンバル。本作の吸引シーンも実物を使っていると思えるが、ヒッピー三大聖地カトマンドゥーに吸い寄せられた外国人エキストラの中には完全に飛びまくっている男がいるほど。
ちなみにアビシェーク・バッチャン主演の新作スリラー「Dum Maaro Dum
(2011)がタイトルに使用している。

老人宅に押し入った少年のひとりが縛り上げた老人の前で歌い踊るのが「Aap Ki Khatir(あなたのために)」(1977)の酔っぱらいメモラブル・ソング「bombay se aya mera dost(ボンベイから友だちがやって来た)」。作曲したバッピー・ラーヒリーをプレイバックにフィーチャルした替え歌「india se aaya tera dost」チャンドニー・チョーク・トゥ・チャイナ」CC2C(2009)で使われている。

ミーラーの演出は「実際のストリート・チルドレンを集めて即興で撮影」というように伝聞されがちであるが、脚本はリサーチを重ねて構成され、子供たちの演技にしてもミーラーの演出意図に達するまで何度もワークショップをして練り上げた賜物と思われる。

少年院を脱走したクリシュナが隠れ家に舞い戻ると、そこではチリンと名乗る年かさの少年が仕切っていて、振り出しに戻る。
ラストでクリシュナが座り込む下町の戸口は、手垢で磨き上げられ、これまでに何人もの人生が泣きを見てきたことを告げるかのようだ。
タイトルにある「サラーム」ムサルマーン(イスラーム教徒)が挨拶に用いる言葉で「こんにちは/さようなら」のどちらにも使う。
監督のミーラーは、座り込んだクリシュナに輪廻のメタファーである独楽(コマ)をポケットから取り出させ糸を巻かせるも、その先を示さずに幕を閉じる。
果たして主人公クリシュナがボンベイを去るのかどうか、去ったところで浮かばれるのかどうか、それは誰にもわからない。

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