Tahaan(2008)#142
製作:シュリパル・モーラキア、ムビナ・ラットンシー/原案・脚本・撮影・監督:サントーシュ・シヴァン/原案・脚本:リティーシュ・メノン、ポール・ハルダルト/台詞:アニルダヤー・ミトラー/音楽:タウフィク・クレーシュ/プロダクション・デザイン:スニール・バブー/衣装:シャーナーズ・ヴァハンヴァティ/編集:シャクティ・ハシジャ
出演:アヌパム・ケール、ラーフル・ボース、プラヴ・バンダレー(新人)、サリカー、アンクシュ・ドゥベイ、デイルヤー・ソーネーチャー
特別出演:ラーフル・カンナー
ゲスト出演:ヴィクトール・バナルジー
公開日:2008年9月5日(2009年 NHKアジア・フィルム・フェスティバル上映)
Asia Pacific Screen Awards:最優秀児童映画賞
STORY
紛争に揺れるカシミールの山奥で暮らす少年タハーン(プラヴ)。父が消息不明のため一家は困窮し、借金の形(カタ)にロバのビルバルが取られてしまう。タハーンはビルバルを買い取った行商人ダール(アヌパム)に取り入って、ビルバルを取り戻そうと牽引役を買って出る。だが、それが叶わぬと知って落胆するタハーンにテロリストの一味が近づいて彼をそそのかし・・・。
Revie-U
かつて、インド国内でハネムーン先としてもてはやされたカシミール。だが、分離独立運動が盛んとなり、ヒンドゥー/ムサルマーン(イスラーム教徒)の対立が激化するに及び、ヒンディー映画のロケ隊も類似の借景を求めてスイスまで出向くようになって久しい。
一方でここ十年あまり増加しているのが「火薬庫」ジャンムー&カシミールを舞台にしたテロ映画だ。そしてここ数年は、分離独立主義者、または傭兵によるテロリズムを直接的な主題にせず、庶民の生活を通して出口の見えないこの状況を問い直す傾向が見られる。
本作も美しいカシミールの山河に暮らす少年とロバの交流を描く牧歌的な児童映画に見せて、彼の地に深い長く食い込む戦闘の傷跡を炙り出す。
脚本・監督はシャー・ルク・カーン主演「ディル・セ 心から」Dil Se..(1998)や「Raavan」ラーヴァン(2010)などでマジカルな映像美を綴った撮影監督サントーシュ・シヴァン。
彼のこれまでの監督作品は「マッリの種(ザ・テロリスト)」Theevirabaathi(1998=タミル)にしろ「ナヴァラサ」Navarasa(2005=タミル)にしろ、インディペンデント製作だったために<映像の魔術師>としてボリウッド・メジャー映画で腕をふるう撮影監督の身ながら自身の監督作品ともなると心許ない仕上がりが多かったものの、本作では遜色のない配役や機材、制作環境を得て一級品の作品となっている。
少年を主人公に据えた映画に相応しくキャメラワークのフットワークも軽く、彼自身がオペレートするショットはどれも詩情と愛あるまなざしにあふれ、現地の人々を取り込み子供たちを生き生きと描く演出術は最早、彼の独壇場と言えよう。
来日インタビュー時に語っていた自然とそこに生きる人々の智恵や生活への共感、またこれまで制作して来たライフワークとしての児童映画やテロリスト映画がバランスよく融合し、まさしく彼の代表作と言えよう。
サントーシュはかなりシナリオ・ハンティングしたのか、高級SUVで乗り付ける裕福層の旅行者たちがタハーンにカメラを向けるスケッチを挟むなど、都市部で暮らす最先端の現代インドと伝統に生きる村人たちの暮らしぶりを対比させて見せる。
行商の途中、ムサルマーンのダールが立ち寄る瓦礫の村に彼の「古き友人」カシミール・パンディット(カシミール在住の高位ヒンドゥー。ネルーなどを輩出)が隠れ住んでいるが姿を見せない、という設定も意味深であれば、イスラーム・ゲリラとヒンドゥーのフリーダム・ファイター(独立運動の闘士)に分かれた子供たちが戦争ごっこをしている幕間喜劇的スケッチもかなり鋭い。
同じくカシミールを舞台に少年(「Kuch Kuch Hota Hai」の星を数える少年)がテロリストに利用される「Sikandar」(2009)でもテロリストの捜索シーンで廃墟となった村が登場しており、紛争の影響でこのように人々が捨て去った村があちこちにあるのだろう。
なお、カシミール・パンディットが自分たちの主張から制作した作品にマイナー映画「Sheen(雪ん子)」(2004)がある。
ケーララ出身のサントーシュだけにカシミールを舞台としながらも偏向せず、タハーンを巧妙に利用しようとする分離主義ゲリラの手先イドリース(アンクシュ・ドゥベイ)にも分離派へ身を寄せた背景を描き込むなど、全方位に氣を配り、作品に普遍的な奥行きをもたらすことに成功している。
本作の輝きは、ひとえにタハーン役に見事な子役プラヴ・バンダレーを得たことが大きい。利発でやや苦み走ったその表情は、厳しい自然の中で懸命に生きる少年役にふさわしい。
本作の後にはナスィールディン・シャー主演「Michael」(2011)に出演。
タハーンに手を焼く聾唖の母役を「Bheja Fry(脳味噌揚げ)」(2007)のサリカーがノンクレジットで好演。瑠璃色の瞳と彫りの深い顔立ちに齢を重ねた肌合いが、罪無き夫が捕らえられたまま消息を知らされず苦渋な日々を送る母子に哀愁を添える。
行商人ダール役に「Main Gandhi Ko Nahin Mara」私はガンディーを殺していない(2005)のアヌパム・ケール。彼自身シムラー出身でカシミール・パンディットの家筋。孫思いの好々爺ぶりが本作に温かみをもたらしている。
コミック・リリーフ的な存在となるダールの甥っ子ザッファルに、「The Japanese Wife」(2010)のラーフル・ボース。ベンガル生まれの彼は、青いコンタクトレンズでペルシア系の役作りを施し、いつになく道化芝居を見せる。
彼の聴くラジオから「Om Shanti Om」オーム・シャンティ・オーム(2007)のヒット・ナンバル「dard e disco」が流れる。NHKアジア・フィルム・フェスティバルに出かけ、思いがけずこのメロディーを耳にしニンマリした人も多いはず。
そして、両親を紛争で失ったダールの孫ヤシーン役に「Partner」(2007)でサルマーン・カーンの甥っ子役デイルヤー・ソーネーチャー。デルフォメ顔が純心なる子供らしさを強調し、タハーンに幸運をもたらす天使となる。
タウフィク・クレーシュの手による民族音楽調のスコアが耳に残る他、現場録音によるカシミール民謡「rabbi rabbi」や「ha faqeero」(グルザール・ガナイ)の場面を用意するなどサントーシュの人柄が伝わる。
児童映画の秀作「運動靴と赤い金魚」(1997=イラン)の正式リメイク「Bumm Bumm Bole(バンバン唱えて!)」(2010)でも、オリジナル・ストーリーにはない少年の無垢なる願望につけ込むテロリストの姿が描き込まれていたのも本作を受けてのことだろう。