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Udaan(2010)#140

2010.12.18
オススメ度 =陳腐 ★★=退屈 ★★★=平均点 ★★★★=面白い! ★★★★★=お気に入り!!

Udaan

「Udaan(飛翔)」★★★★
ウラーン

製作:ロニー・スクリューワーラー、サンジャイ・スィン/製作・脚本:アヌラーグ・カシャップ/脚本・監督:ヴィクラムアディティヤー・モトワン/撮影:マヘンドラ・J・シェッティー/プロダクション・デザイン:アディティヤ・カーンワル/音楽:アミット・トリヴェディ/作詞:アミターブ・バターチャルヤー/編集:ディピカー・カルラー

出演:ローニト・ローイ、ラーム・カプール、ラジャト・バルメチャー(新人)、アーヤン・ボーラディア(新人)、マンジョート・スィン、アナン・ティワリ、ラージャー・フッダ、ショーナク・セーングプタ、ヴァルン・ケッティー、アクシャイ・サッチデーヴ、スマン・マストカル

Udaan

(c) UTV Motion Pictures , 2010

STORY
仲間と寮を抜け出して成人映画を観に出かけたローハン(ラジャト)は、シムラーの寄宿学校を放校となる。ジャルカンド州ジャムシェードプルの実家に引き戻されると、そこには腹違いの幼い弟アルジュン(アーヤン)がいた。ローハンは厳格な父親バイラーヴ(ローニト)の下で稼業の鉄工所とカレッジに通うことになるが、父親との溝は日増しに大きくなり、やがて・・・。

公開日:2010年7月16日(日本未公開)
カンヌ国際映画祭公式コンペ上映
イタリア・ジッフォーニ国際映画祭:観客賞、音楽賞

Revie-U*真相に触れています。
ニュー・ストリームの旗手アヌラーグ・カシャップDev.D(2009)の脚本家ヴィクラムアディティヤー・モトワンを後押しして長編映画第1作を監督させたのが本作。
反りが合わぬ家族と対立して家を出るティーンエイジとしては、「Dev.D」での家出娼婦レニーの少年版ともとれる。

Udaan

(c) UTV Motion Pictures , 2010

ローハンは作家志望の17歳。しかし、男やもめの父親は、彼の夢など理解を示そうとしない。殺風景なジャムシェードプルの実家は空虚で冷たく、「Siddharth:The Prisoner」(2009)における<囚人>の住居を思い出させる。
バイラーヴは厳格で「ここは俺の家だ。俺が法律だ」と息子たちに「サー(Sir)」と呼ばせ、スパルタ式で仕切り、早朝からマラソンでローハンに<レース>を強制。朝も出がけにローハンがわざと遅れると、小学生のアルジュン共々置いてクルマを走り出させる。鉄工所でも「こいつは俺の息子だが、ここでは家族ではない」と一介の見習いとして扱うよう職人たちに言い渡す。

万事がこの調子だから、寄宿学校にいる間もローハンは実家へ戻ることは許されず、実家の近くに住んでいる叔父ジミー(ラーム・カプール)が顔を忘れるほど。ローハンの母が亡くなった後、再婚し弟が生まれたことも告げず、後妻がなぜ家にいないのかも説明しない。

そんなバイラーヴの姿勢を受けてか、ローハンもまたアルジュンに心を開こうとしない。
ただ、危険を冒してバイラーヴの煙草や財布から金をくすねたり、深夜、クルマをそっと動かし、街の酒場に出向くなど肝の太いところは父親譲りか。

間もなく、ローハンとアルジュンの心が結びつくこととなる。
アルジュンが「階段から落ちて」病院に担ぎ込まれたのだ。バイラーヴはコルカタに出張のため、ローハンが入院中の世話を任される。はじめ、アルジュンは着替える際も衝立で囲わせ恥ずかしがっているように見えたが、実は背中に受けたベルト痕を隠すためであった(新規契約の取引中にアルジュンの件で学校へ呼び出されたバイラーヴが、その苛立ちから虐待したのだった)。

ローハンはアルジュンに自分が作った詩や物語を聞かせ始める。すると同室の老人が聞き入り、やがてナースや医師、その他の患者たちが一心にローハンの語り口に耳を澄ませる。
この場面の演出も見事だ。物語を台詞でだらだらと説明するような愚行はせず、人々がローハンの話に食い入る様をモンタージュで重ねてゆく。そして、そのクライマックス。「そこへ彼がやって来た…」と語るその時、出張から戻ったバイラーヴが現れ、怒り爆発。試験を落とした嘘がバレたのだ。

その夜、ローハンとバイラーヴの間でひと悶着起きる。
翌未明、バイラーヴはローハンとアルジュンの前で<謝る>ために彼らを起こす。そして、ウルトラCの解決方法を言い渡す。
カレッジの勉強を嫌うローハンには中退しフルタイムで鉄工所で働く、アルジュンは寄宿学校へ入れる、自分は寂しさを紛らわせるため見合いで再婚する、というものだ。
この強攻策の裏には、バイラーヴの長く、重い沈殿した心の澱(おり)が隠されていた。弟のジミーは夫婦で楽しげに暮らしていたが、それもバイラーヴが父親からの厳しい躾(しつけ)と干渉を一身に受け、鉄工所を受け継いで来たからであろう。負の連鎖を押しつける彼自身が犠牲者であり、心の中の憤怒神を押さえきれない限界がそこまで来ていた。
そして、考え抜いたローハンの自由への「飛翔」が訪れる・・・。

Udaan

(c) UTV Motion Pictures , 2010

ローハン演じるラジャト・バルメチャーは、これがデビュー作。存在感は弱いものの、イムラーン・カーンをマイルドにしたようなやや女性的な顔立ちが父親との対立に効果的な印象を与える。

ショーン・ペン然とした父親バイラーヴ役のローニト・ローイは、副業としてボリウッド・スターのボディガード・ビジネスを手がけるだけあって早朝のマラソン・シーンは圧巻。役者としてはマイナーながら威圧的な父親を見事に演じ切り、ボリウッドを支える俳優層の厚みを感じさせる。Dabangg(大胆不敵)」(2010)系ストーリーの「Hulchul(混乱)」(1995)では本作のローハンよりずっと心が弱く父親を裏切り続けた愚息役であったから、これが役者の成長というものか。
ちなみにShootout at Lokhandwala(2007)の愚連隊役ローヒト・ローイは、実弟。

その他のサポーティングは、ローハンの文才を氣にかける温厚な叔父ジミーに、「モンスーン・ウェディング」「Karthik Calling Karthik」(2010)の上司役ラーム・カプール

酒場でセンパイ風を吹かせてローハンに絡むヘタレ男ミシュタル(Mr.)・アップー役に「スラムドッグ・ミリオネア」の端役、Kites(2010)でリティク・ローシャンの友人役に扮したアナン(=アーナンド)・ティワリ

そして、ローハンの級友役に、ニュー・ストリームの佳作「Oye Lucky! Lucky Oye!」(2008)における主人公アブヘイ・デーオールの少年時代が好評でFilmfare Awards 批評家選最優秀男優賞を受賞したマンジョート・スィンが序盤のみ登場。短い出番ながら完全にラジャト・バルメチャーを喰っており、彼にはぜひパンジャービー版の青春珍道中物を主演してもらいたいところ。

新鋭音楽監督アミット・トリヴェディの手によるソングは、70年代フォーク・ロックを基盤とし、センスのよいアレンジでまとめながらもコーラスは(アヌラーグ・カシャップも加わり)あえて素人っぽく仕立ててあり、これがボリウッド・フィルミーに対する「新しさ」を感じさせる。
また、エリック・サティを彷彿とさせる憂いに満ちたピアノ曲のインストルメンタルも佳い。

アヌラーグ・カシャップの挑戦的な映画法とは異なり、ヴィクラムアディティヤー・モトワンは淡々と主人公たちの人生をみつめてゆく。だが、これは決してドキュメンタリー的に即興撮影で済ませた訳ではあるまい。ローニト演じるバイラーヴの構築された人物造形を見てもそれは明らかだ。

ラストで、ローハンは18歳の誕生日にバイラーヴからもらった腕時計を置いて家を出る。

おそらく父親から贈られた初めてのプレゼントであろう。それはバイラーヴが18歳の時に父親から贈られた物だ。彼がそうであったように、夢を諦め、自分を殺し、鉄工所を継げということだ。新しい再婚相手と連れ子の娘が家にやって来ても、結局、何も変わらない。

本作では、インド映画の要である「家族」の解体がテーマになっている。
バイラーヴの年代落ちした愛車は外国製で図体がデカい反面、いつもセルがかかり難く悲鳴をあげている。その車体は古い家族制度のメタファーであり、逝きかけたエンジンは病んだバイラーヴを思わせる。乗り回した先でエンジンがかからくなった時、遂にローハンはキレ、鉄の棒でクルマを徹底的に破壊するのだ。

バイラーヴの由来は、破壊神シヴァの別名「恐怖を与える者」バイラーヴァであり、ティベット仏教では偏狭な自我を打ち砕く憤怒神として伝わる。

一見、ニュー・ストリームは既存の<インド映画>を打ち壊し、突き進んで行くように思えるが、インド的には破壊は創造のための再生プロセスであり、循環そのものは大きな時の流れで繰り返される。

Udaan

(c) UTV Motion Pictures , 2010

ローハンは家を出るが、これは決して家族の崩壊を意味しない。なぜなら、ローハンは幼いアルジュンを連れだって行くのであり、バイラーヴの息子であることを自覚しながら生きてゆこうとするからだ。

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