Main Hoon Na(2004)#093
Main Hoon Na(私がいるから) 08.03.21 ★★★★★
メェ・フー・ナ
製作:ガウリー・カーン/原作・脚本・振付・監督:ファラー・カーン/脚本・台詞:アッバース・タイヤワーラー/脚本:ラージェーシュ・サーティー/共同製作:ラジャン・ジャイン/製作総指揮:サンジーヴ・チョウター/撮影:V・マニカンダン/音楽:アヌー・マリック/作詞:ジャーヴェード・アクタル/編集:シリーシュ・クンデール/衣装:サンジーヴ・ムルチャンダニー、カラン・ジョハール(シャー・ルク・カーン担当)、マニーシュ・マルホートラ(スシュミター・セーン担当)/ヘアデザイン:ディルシャド/美術:サブー・シリル/振付アシスタント:フェーローズ、ギーター/スリル:シャー・ルク・カーン/アクション:アラン・アミン
出演:シャー・ルク・カーン、スニール・シェッティー、スシュミター・セーン、アムリター・ラーオ、ザイード・カーン、キロン・ケール、カビール・ベディ、ビンドゥー、サティーシュ・シャー、ボーマン・イラーニー、ラジーヴ・パンジャビー、ラーキー・スワント、ムッリー・シャルマー
特別出演:ナスィールッディン・シャー
公開日:2004年4月30日(年間トップ2!/日本未公開)
Filmfare Awards:音楽監督賞、10部門ノミネート
Screen Awards:新人監督賞、音楽監督賞、最優秀宣伝美術賞、ノミネート8部門
Zee Cine Awards:作品賞、新人監督賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞(スシュミター・セーン)、音楽監督賞、男性プレイバックシンガー賞(ソーヌー・ニガム〜main
hoon na)、今年の歌で賞(tumse milke)、4部門ノミネート
オーストラリア映画批評家協会賞・外国語映画賞ノミネート
STORY
印パ戦争時の捕虜を交換し、友好を深めようとするプロジェクト・ミラープ阻止を目論む元インド陸軍のラーグヴァン(スニール)は、TVショーに出演中のバクシー将軍(カビール)を襲撃。護衛の指揮を取っていたシャルマ准将(ナスィールッディン)を殺害する。救援に駆けつけたラーム少佐(シャー・ルク)は、父シャルマより異母弟ラクシュマン(ザイード)がいたことを告げられる。ラーグヴァンからバクシーの娘サンジュナー(アムリター)を守る任務を負ったラームは、寄宿先のダージリンへと向かう。そして、彼にはもうひとつ、サンジュナーと同じカレッジに通うラクシュマンを探す目的があった・・・。
Revie-U *結末には触れていません。
●ボリウッド・トップコレオグラファー、ファラー・カーンの初監督作にして、キング・オブ・ボリウッドのシャー・ルク・カーンが製作・主演!
メガヒットが約束されていた……と思いきや、シャー・ルクは初のプロジェクト「Phir Bhi Dil Hai Hindustani(それでも心はインド人)」(2000)がフロップ、続く歴史物「Asoka」アショカ王(2001)の海外配給権を安売りしなければならない難産という経緯に加え、女で振付師の初監督作と、これまたリスキーなカードばかり。
が、蓋を開けてみれば、シャー・ルク主演「Veer Zaara(ヴィールとザーラー)」(2004)に年間トップ1を<譲った>ものの、トップ2に食い込む大フィーバー!
●この年はボリウッドの帝王アミターブ・バッチャンを制して、数々の映画賞を「VZ」と本作でさらったシャー・ルク。その中でもヒットメーカーながら賞に縁の薄かった音楽監督アヌー・マリックにも、Filmfare Awards(2度目の受賞)、Screen Awards、Zee Cine Awardsの3大メジャー・アワードで音楽監督賞を独占という栄誉をおすそ分け!
アヌーの初受賞は、シャー・ルク主演「Baazigar(賭ける男)」(1993)以来であるから、彼にとってシャー・ルクは福の神と言えよう。
●「ファラー・カーン初監督作にリティクをオファー」と伝えられたのは、本作の企画はがスタートした2000年のこと。
リティク・ローシャンとファラーは、彼のデビュー作「Kaho Naa…Pyaar Hai(言って…愛してるって)」(2000)、「Fiza」(2000)で仕事をしており、彗星のごとく登場した新進スターの出演は誰しも願うところ。
ところが間もなく、「リティクの父親ラーケーシュとファラーが決裂!」との情報が届く。リティクにあてがわれたのはラッキー(ラクシュマン)の役で、シャー・ルクの弟役ということでは「時に喜び、時に悲しみ」K3G(2001)と同じであるものの、21世紀を担うスーパースターとしてデビューしたリティクにとっては小粒な役柄でアンラッキーと判断された模様。
これによりファラーとローシャン家が断絶したと伝えられたが、ファラーは「K3G」、そしてラーケーシュ・ローシャンの監督作「Koi Mil Gaya..(誰かをみつけた)」(2003)でも振付を担当しており、この配信も当時「リティク/シャー・ルク戦争」などと煽っていたインド・メディアによるお騒がせであった。
●オープニングのハードな軍事アクションから一転、舞台をダージリンに移してからは、なんと学園物が展開(しかもシャー・ルクは<学生>として潜入! 一応「学生の年齢でないので教師で」とシャー・ルクが懇願する台詞が用意されているのが可笑しい)。
これに継母/継弟と父/娘の再会劇、甘いロマンスが加わって、クオリティー優先のため娯楽性を忘れつつあった現代ボリウッドに王道マサーラーへの回帰を促す脚本術には脱帽!
●と、ここで、兄ラーム/弟ラクシュマン(現代のヒンディーでは単語尻の母音が落ち、サンスクリットではラーマ/ラクシュマナ)の由来であるヒンドゥー神話「ラーマヤナ」に触れておこう。
アーヨーディヤー国の王ダシャラタには3人の妃がおり、第1王妃よりラーマ、第2王妃よりバラタ、第3王妃よりラクシュマナとシャトルグナが生まれる。
王は第2王妃と世継ぎの約束を交したことから、ラーマを追放せざるえず、異母兄弟の中でも結びつきが強かったラクシュマナもこれに従う。森に隠遁し始めたラーマ達は聖者に乞われて、羅刹ラーヴァナを退治する……というのがおおまかな筋(ラーヴァナの住むランカー島はスリランカとされ、この神話自体が征服者によるものとも言われる)。
「ラーマヤナ」は今も人氣の高いヒンドゥー神話とあって、多くの映画でもヒットする要因として取り入れられており、特にスバーシュ・ガイー監督が好んで用い、「Ram Lakhan(ラームとラカン)」(1989)や「Khal Nayak(悪役)」(1993)などのヒット作を生んでいる。
●ラクシュマンの役には、その後、「Hello Brother」(1999)の監督にしてサルマーン・カーンの末弟で、当時、俳優デビューを画策していたソーハイル・カーンの名も上がっていたようで、確かにこれを聞いたらラーケーシュも怒り出すのも当たり前(笑)。
結局、役を得たのは、リティクの<義弟>ザイード・カーン(文字表記的にはザーイドとなるが、大抵の映画人はザイードと発音)。
一方、サンジュナーの役は、はじめリティクと組んでアミーシャー・パテールが想定されていたが、リティクの出演が流れたためか、彼女も白紙に。確かに当時では「KNPH」の黄金ジョーリー(カップル/コンビ)で、小粒な役柄ではもったいない。
(もっとも、リティック×アミーシャーは、「Aap Mujhe Achche Lagne Lage」(2002)以降、再共演はなし)
●ご覧の通り、アムリター・ラーオが選ばれ、新人ジョーリーとなるはずだった。
しかし、「たとえ明日が来なくても」Kal Ho Naa Ho(2003)の撮影に入っていたシャー・ルクが昔痛めた背中の痛みにこれ以上耐えられなくなったため、急遽手術となり、本作もぐっとスケジュールを変更。
そのため、ザイードはイーシャー・デーオルと組んで「Chura Liyaa Hai Tumne」(2003)でデビュー。終始ニヤけた青二才にしか見えず、本作前に武者修行出来たのはラッキー?(この作品、かの撮影監督サントーシュ・シヴァンの兄がサンギート・シヴァンが監督。演出力はCランク)
アムリターの方はひと足早く、80年代のスター俳優ラージ・バッバルの息子アルヤー・バッバルと「Ab Ke Baras(現世)」(2002)でWデビュー。
アムリターは「KKHH」(1998)のカジョールを踏襲して、前半はグランジ・ファッション、後半は愛らしく変身。パステル・カワーリー・ナンバル「tumse milke dilka jo haal」でのチョーリー&ガーグラー姿は、まるでインディアン・バービーを見るよう!
しかしながら、その後は役に恵まれずにいたが、シャーヒド・カプール共演「Vivah(結婚)」(2006)が半年以上のトップ5圏内に食い込む近年では珍しいロングランとなったのは喜ばしい限り。
●敵役ラーグヴァンの役は、当初、ナスィールッディン・シャーが演じる手筈だったそうだが、シャー・ルクの手術などから撮影スケジュールが延期となったため、彼の次回作「リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い」(2003=米)の契約が優先され、シャー・ルクの父親役という短い出演に留まった。
ナスィールッディンとの交遊は続くシャー・ルク製作の「Paheli(謎めいた人)」(2005)でもラージャースターン人形のヴォイスオーヴァーで、「Yun Hota Toh Kya Hota(もし起きたら何が起きるか)」(2006)に出演している夫人のラトナー・パータク・シャーとの共演を果たしている。
この後、「ラジュー出世する」Raju Ban Gaya Gentleman(1992)でシャー・ルクの導き役を演じた怪優ナーナー・パーテーカルに話がまわったが、「Hum Dono」(1995)と「Yeshwant」(1997)で組んだファラーがよほど怖かったのか(?)ナーナーは、ファラーから逃げ回っていたとか。もし、ナーナーがキャスティングされていたら、「Sholay」炎
(1975)のガッバル・スィン以上の恐ろしい敵役となったことだろう!
このラーグヴァン役には、タミル映画界のスーパースター、カマラ・ハーサンにもオファーされていたようだ。シャー・ルクが、カマルの監督作「Hey Ram(神よ!)」(2000)に出演したばかりの頃だったためだろうか?
●結局、ラーグヴァン役を得たのは、「Qayamat(破滅)」(2003)のスニール・シェッティー。ちょうど単独ヒーローからアンサンブル・スターへの移行期で、この後、スニールは「Paheli」にも招かれている。
それにしても、後半学園に変装して乗り込むごま塩のカツラと黒縁メガネ姿が「チーム★アメリカ/ワールド・ポリス」(2004=米)、つまりは「サンダーバード」シリーズに出てくるスーパーマリオネットを思わせるのが可笑しい。
(因みに、インドには退役中将で軍事思想家のV・ラーガヴァンなる人物がいる。もっとも、彼はインドの核武装について、その国際的効果に懐疑的な立場をとっている)
●また、ヒロイン、チャンドゥニー役にはアイシュワリヤー・ラーイが当てられていたというが、アイシュの名は大抵の映画で持ち出されるので眉唾物。
ミス・ワールドからミス・ユニヴァースのスシュミター・セーンに決まった経緯は、彼女がシャー・ルクと共にステージ・ツアー「Temptation」にまわっていた時らしい。結果としては、セクシーなフェロモンを放つスシュミターの方がマサーラー的なバランスとして役立っているように思えるし、情熱ナンバル「tumhe jo maine dekha」における露出過多の振付もなかったことだろう(ちなみに、このナンバル中、水辺のくだりは、同時期撮影の「Munna Bhai MBBS」〜「chann chann」でも同じシチュエーションがある。こちらの振付はガネーシュ・アチャルヤーないしボスコー)。
●チャンドゥニー絡みで言えば、彼女の登場シーン。ラッキー達の罰ゲームを受けて、ラームが通りすがりの彼女に歌を歌い、サーリーの裾が彼の顔を撫であげる演出が秀逸!
サーリーのデザインは、「Return of Jewel Thief」(1996)のようなC級映画から伸し上がって「K3G」はじめカラン・ジョハール作品でお馴染みのマニーシュ・マルホートラの手によるもの(Filmfare Awards 2006では、シュリーデヴィーの衣装を担当)。単にサーリーだけでなく、チャンドゥニーが持つブックレカバーまでコーディネイトされているのが流石。
このサーリー、ジャパン・サーリーという噂も。
そのカランと言えば、ラームの珍妙?な衣装を担当し冴えたセンスを発揮。
●サンジャナーの父、将軍役には「007/オクトパシー」(1983=英米)やTV「ナイトライダー」(1985=米)などに出演のカビール・ベディ。ジェームズ・ボンド物をやりたかった、というシャー・ルクにはおあつらえ向きのキャスティングだろう。
●ラクシュマンの母役は、「Devdas」(2002)のキロン・ケール。
スニール主演「Ehsaas(感覚)」(2001)における小さな役で不意に現れながら(実は銀幕復帰)妙に存在感を示していたかと思えば、「Devdas」で、それまでボリウッド常連のスミター・ジャイカルを向こうにまわし、クリシュナを題材にしたナンバルで堂々たるソロ・ダンスを披露。「Veer Zaara」(2004)、「The Rising :Mangal Pandey」(2005)、「さよならは言わないで」Kabhi Alvida Na Kehna(2006)、米TV「ER」〜エピソード「Damaged」(2004)にも出演するなど押しも押されぬメジャー女優となった。
さすがはアヌパム・ケール夫人。かの「Dilwale Dulhania Le Jayenge(勇者は花嫁を連れて)」(1995)のタイトル考案も彼女。
●さて、もうひとり、ミレニアム以降、急上昇し、ボリウッドに欠かせない存在となったのが、物忘れの激しい校長役ボーマン・イラーニー! 「Munna Bhai MBBS」(2003)の学園長役で一躍ブレイク。
●本作のパロディー・ベースとなっている「KKHH」で登場するアルチャナー・プーラン・スィン扮するミス・ブリガンザーが流暢な英語を話すセクシー熟女だったのに対して、本作の女教授は垢抜けないヒンディー教師ミス・カッカー。
演ずるビンドゥーは、キャラクターに反して若かりし頃はヘレンと並ぶキャバレー・ナンバルを用意されたセクシー女優(しっかり役柄を与えられているので、単なるアイテムガールにあらず)。
ヴィノード・カンナーが悪役からヒーローにシフトし始めた教師を演じた、ボリウッド版「暴力教室」とも言える「Imithan」(1974)では、ホットなミニスカートで新任教師に猛アタック! キャンパス風景は本作を先取りした感があるのが興味深い。「Om Shanti Om」(2007)での登場シーンも注目!
●ツバ吐き教授に「Chalte Chalte」(2003)のサティーシュ・シャー。
彼が出合い系先にコールするテレフォン・ブースにラーニー・ムカルジーの写真が貼ってあるのはゲスト出演が叶わなかったかららしい。
そのサティーシュであるが、コメディ配役でない「Aryan」(2006)の恐妻に打たれ強い温厚な父親役が格別。「OSO」では映画監督役で友情出演し、素っとぼけたところを見せる。
ラッキーと対決するモンゴロイドのヴィヴェークは、この年すぐに消えてしまったパルヴィーン・シローヒ。キャンパスがダージリンということもあって、名優ダニー・デンゾンパを思わせる相応しいキャスティングであったのだが。
●ラクシュマンに色目を使うマイクロミニは、スシューがフィルミーダンサーを演じている「Paisa Vasoor(現金をつかめ)」(2005)に出演しているアイテム系のラーキー・スワント。この作品はシリーシュの編集でもある。
ラクシュマンやサンジャナーの取り巻き学生達は、シリーシュの監督作でファラーが振付した「Jaan-E-Mann」(2006)のロックステージ・ナンバル「udh jaana…bro!」にも顔を見せている。
また、双子のひとりは、現在、フィルミーダンス教室のインストラクターをしているとの情報あり。
●中盤、ラーム達が映画館へ行くシーンで上映されているのが、言わずと知れたボリウッド最長のロングラン記録を誇った*「Sholay」炎(1975)。
怪しげなSUVのスモーク・シールド・ウィンドーにアムジャード・カーン扮する伝説的敵役ガッバル・スィンの看板画が映り込み、下がったウィンドーからパルシーを狙撃しようとするカーンの顔がのぞくイメージが素晴らしい。
この時、ティケットを買おうとするラームに絡む男が、シャー・ルクの伝記豪華本「Still Reading Khan」や「Making of Om Shanti Om」の著者であり、「OSO」共同脚本にも名を連ねるムスターク・シェイク。「OSO」でもシャー・ルクが酔っぱらってスピーチする路上のシーンに出演している。
続く、逃走するSUVをリキシャーで追うアクション・シークエンス(ロケはムンバイー郊外のフィルムシティ周辺の小道であろう)に使われるリキシャーのボディにも「Sholay」に登場した馬車の名が記されているというが画面からは確認できず。
*「DDLJ」も1995年の公開当初よりムンバイー・マーラタ・マンデル・テアトルで連続上映中!
●また、ラームが捕まえたカーンに向かって銃を向ける時の台詞「アブ、テーラー・キャー・ホゲヤー? カーリア(ほら、どうした? カーリア)」、英語字幕では単に「What’s to become of you now?」となっているが、「炎」で強奪しに行った村から手ぶらで帰って来た手下カーリア(ヴィジュー・キョーテー)ら三人にガッバル・スィンが吐く有名な台詞。この後、「ディア・ハンター」(1978=米)よりひと足早い恐怖のロシアン・ルーレットが演じられる。「Sholay」のネタ尻に相応しいフィーチャーと言えよう。
●随所にフィルミーのメモラブル・ナンバルが鏤められているのも嬉しい限り。
大学に潜入したラームがラクシュマンを探すナンバルはカリシュマー‘N’カリーナーの父ランディール・カプール主演、「Jawani Deewani(若さの情熱)」(1972)のヒットナンバル「jaan-e-jaan」(作詞:アナン・バクシー/作曲:R・D・バルマン/プレイバック:キショール・クマール、ラター・マンゲーシュカル)。
本作はアジービートのカバーであるが、彼は1995年頃に発売されていたコンピレーション・カバーアルバム「Bollywood
Mix」の中でもディスコティーク・アレンジでアヌラーダー・パウドーワルと歌っている。
本作のリリース後、ファラーの夫となる編集のシリーシュ・クンデールが参加した「Calcutta Mail」*(2003)でも、主演のアニル・カプールが人を探すシーンで新規カバー曲が流れており、シリーシュの好みだろうか。
*日本公開もされたテルグ映画「バブーをさがせ!」Choodalani Undi!(1998)のリメイク。
●ラームがサンジャナにつきまとうナンバルは、リシー・カプール主演「Hum Kisise Kum Naheen(俺たちゃ誰にも負けないぜ!)」(1977)のステージ・ナンバル「mil gaya…(みつけた〜)」、 妄想を抱くラームのトランペット・ジングルも「HKKN」の「bachna aey haseeno」、罰を喰らって廊下に座らされているラームからチャンディニーへ妄想が飛び火するのが愛らしい風船ナンバル「yeh ladka hai aalah」と3曲引用。
●当初は、引用するメモラブル・ナンバルを全編カバーする予定だったが、同じコンセプトでジミー・シェルギル主演「Dil
Vil Pyar Vyar」(2002)でも音楽監督の大家R・D・バルマン「barsaat bhi aakar vil pyar vyar」(アビージート)/「mere samnewali khidi mein dil vil」(シャーン)/「o haseena zulfowamli dil vil pyar vyar」(アビージート/スニディー・チョハーン)のプレイバックでカバーされてしまったので、オリジナルのまま使用したとのこと。
ちなみにこの映画、ジミーの役名は、なんとリティク!
劇中、タミル映画の若手スターで「Ramji Londonwaley」(2005)や「Rang De Basanti」(2006)などでボリウッド進出を果たしているマダヴァンとナムラター・シロードカルによるシンガー志望のエピソードは、アミターブ・バッチャン×ジャヤー・バードゥリー・バッチャン「Abimaan(うぬぼれ)」(1973)をそっくりリスペクトしている。
●ラームが潜入する大学の設定は、「KKHH」(1998)の聖ゼービアス(ザビエル)大をよりポップ化。これはカラン・ジョハールはじめ、米アーチー・コミックのファンであるからだとか。
本作での校舎は、ラージ・カプール監督の「私はピエロ」Mera Naam Jorker(1970)と「ボビー」Bobby(1973)でもロケに使われているダージリンの由緒ある聖ポール学園を使用。
そのキャンパスでラームがダンスを練習しているシーンで唖然と立ち尽くしているのがカメオ出演のタッブーである。
●アクション・シーンは、やはりアクション監督であるアラン・アミン主体で撮影されたようで、オープニング・アクションはプロデューサーに名を連ねるガウリーに内緒で撮影されたらしい(苦笑)。終盤、スニールとの対決シーンではタイより招かれたダブル(吹き替え)が使われている。
やたらと登場する疑似ブレットタイム(例の「マトリックス」的ショット)を制作したイーグル3DがZee Cine Awards 最優秀SFX賞にノミネート。取り込みビットが粗いのが受賞を逃した理由か。
リキシャーが山を下るシークエンスはシンプルな3DCGアニメでストーリーボードが練られており、本作撮影中のドキュメンタリー「The Inner/Outer World of Shah Rukh Khan」で、トレイラーハウスで休憩中のシャー・ルクがPower Book内の動画を見せている。
おそらくシャー・ルクが劇中で使っているPower Bookがそれ。 その後、シャー・ルクは自社プロダクションに専用のデジタル・エフェクト部門レッド・チリースVFXを設立。VFX会社を自分用に持つ映画スターも世に少ないであろう。
●欧州でも人氣が高まっているシャー・ルクだけに、ドイツでは「ICH BIN IMMER FUR DICH DA!」のタイトルでリリースされている。レトロ臭いオリジナル・キーアートは廃され、シャー・ルクとスシューが向き合った情熱ナンバル「tumse
milke dilka jo haal」のスチルを使用しロマンス作品という売り。
ちなみに、「Kal Ho Naa Ho」は「Indian Love Story」のタイトルとなっている。
●さて、本作に影響を与えていると思われるのが、「Do Aur Do Paanch(2+2=5)」(1980)。
富豪の息子を誘拐すべく、宿敵の泥棒アミターブ・バッチャンとシャシ・カプールが人里離れた寄宿学校に<教師>として赴任……というストーリー。ヘーマー・マーリニーが美人教師を演じ、富豪の子供(サンジャナに相当)が事業に忙しい父親からスポイルされていること、泥棒たちが名乗る偽名がラームとラクシュマン(!)、コメディのわりには派手なアクションが用意されていること、後半、学園の着ぐるみ演劇に悪役が出演者になりすまして乗り込み、劇中芝居を破綻させてしまうなど、本作に通じるものが伺われる。
この作品、映画史に燦然と輝く名作ではないが、キャンプファイヤー・シーンにおけるタイトルソング(キショール・クマール)が「Bluffmaster!」(2005)にも引用されていることから、インド人の遺伝子に組み込まれていることは難くない。
●1990年代以降、インド国内ではマニ・ラトナム作品「ボンベイ」Bombay(1994=タミル)でも描かれたアーヨーディヤー寺院事件の影響からヒンドゥー/ムスリムの対立を描いた作品が頻繁に作られるようになり、印パ戦争を描いた「Border」デザートイーグル(1997)はじめ、「Hindustan Ki Kasam(インドの誓い)」(2000)、「Maa Tujhe Salaam(母なる女神よ、汝に礼拝を)」(2002)、「Qayamat」(2003)といった、なにかとパーキスターンを敵とする安手の映画が目立つようになった。
そんな風潮にあって、本作は、印パ陸軍が1971年の印パ戦争における捕虜交換を行う和合計画(Project Milaap)を推進し、これを<内側の>元インド陸軍のインド人テロリストが妨害するという設定となっている。
娯楽の王道マサーラーへの帰還をコンセプトにした家族愛やロマンスに加え、ヒット狙いの定番モティーフとされるヒンドゥー神話「ラーマーヤナ」を選んでいる一方で、大胆にもプロット・ベースに印パ問題を導入。離別した兄弟の再会劇は1997年前後に流行した分離独立50周年映画が好んで使った印パのメタファーでもある。
それだけでなく、敵役となるインド人テロリストの腹心で、リーダーの主張に疑問を感じ、主人公に協力することとなる正しき男の役名が(通常ファーストネームとされる中で)ただ<カーン>とされている。
「ラーグヴァンは騙しているんだ、カーンよ!」という台詞は、永らくヒンドゥーの主人公を演じ続けてきたムサルマーン(イスラーム教徒)のシャー・ルク・カーン及びそれらの映画で仕事をし続けてきた監督のファラー・カーンからムサルマーン映画人同胞へ襟を正せとの問い掛けのように思えさえする。
敵役のラーグヴァンはラーマ王子の別名である一方、クライマックスの台詞「ラーマヤナは、いつも悪者の死で終わる」の通りラーマヤナに登場する魔物ラーヴァナを連想せずにはいられない。
「ラーマヤナ」がメタファーであれば敵役にはラーヴァナに通じる名前となるはずだが、ここではあえてラーマの別名を用いており、これが今までパーキスターン(多くはその情報部)を敵にしてきたパターンとは異なり、インド陸軍から追放された設定の敵役に適うネーミングと言うと、深読みし過ぎだろうか。
もっとも、シャー・ルクとファラーの第2弾はヒンドゥー的タイトル「Om Shanti Om」(2007)であるのだが。
*「娯楽王道への回帰」ということで、ダージリンという設定もシャー・ルクの出世作「ラジュー出世する」Raju
Ban Gaya Gentleman(1992)の冒頭に掛けてあるのかと思えたが、これはプロジェクト・ミラープの舞台が印パ国境となるため、西端から一挙に東を選び、インドのスケールを示したのであろう。
●この年、ボリウッドのヒットメーカーであり、ラーホール出身とされるヤシュ・チョープラー監督によるトップ1ヒット「Veer Zaara」でも印パの国境に分断された愛の復縁が描かれており、このうねりはNRP(在外パーキスターン人)の視聴者を多く持つインドのTVネットワークがロンドンで開催したZee Cine Awardsにも及び、シャー・ルクのパフォーマンス中、パキスタン人女優リマー・ハーンらも招かれてステージに上がり、両国の国旗が並んで翻るなど印パ雪解けが見てとれ、実に喜ばしくあった。
(ついでに触れると、もはやNRPや中東イスラーム国もボリウッドにとって無視できない重要なマーケットとなっており、2007年には「Jhoom Barabar Jhoom」でプリティー・ズィンターが再び、つい最近まで敵国にパーキスターンを想定した愛国映画で押しまくっていたサニー・デーオールが「Kaafila」でパーキスターン人役を演じ、かのイムラーン・ハシュミーの秀作「Awarapan」でも主人公の心を正道に導く存在としてパーキスター人及びムサルマーンがヒロインとなっている)
●ロマンス・アクション・友情・家族愛がバランスよく配置された脚本、韻を踏んだ高度がギャグが満載の台詞、ポップでメローでファンキーなフィルミー・ナンバル、大仰さがキャッチーな背景音楽、パステル感が魅惑を放つ美術セットなどなど、どこを切っても楽しめる一級品のエンターテイメント。
特にスターキャストから裏方フィルムメーカーまで登場するメーラー(縁日)・エンディングロールからも映画好きのファラーとシャー・ルクの姿勢がダイレクトに伝わってくるのが嬉しい。
なお、ファラーと編集のシリーシュは、本作の大成功を受け、2004年12月9日に結婚。ロンドン・ミュージカル「Bombay Dreams」でトニー賞ベスト・コレオグラファーにノミネートされるなど、真にハッピーな1年であった。
シリーシュは「Jaan-E-Mann」(2006)で監督デビューを果たし、ファラーは監督第2弾「OM
Shanti OM」(2007)でボリウッド映画史上に輝かしいブロックバスターを記録。その上、3つ子を懐妊中と、これまたハッピー!
*08.07.10追記
本作の設定と同じ、妻子あるナスィールッディーン・シャーのもとへ、ある日、学生時代に契りを結んだ恋人が残した<息子>が転がり込むのが、シェーカル・カプールの初監督作「Masoom(無垢)」(1983)。妻をシャバナー・アズミー、長女を子役時代のウルミラー・マートンカルが演じている。その<息子>役にキャスティングされているのが、ヤシュ・ラージ・フィルムズ初の3DCG長編アニメ「Roadside Romeo」(2008)の監督に大抜擢されているジュガル・ハンスラージ。「Mohabattein(愛)」(2000)で本格デビューした3人組のひとり、である。透き通った碧い目が哀しき運命に翻弄される少年役にぴったり。
*追記 2010.10.30
インド神話「ラーマヤナ」を題材にしている点では「Raavan」ラーヴァン(2010)と同様。
また、シャー・ルクは現在、製作・主演で進めている「Ra.One」(2011)も同じく「ラーワン」(ヒンディーではVaとWaは同様の発音)となることから、またも「ラーマヤナ」に関連したストーリーになると予想される。
一応、「Random Access – 1」というもっともらしい設定となっているが、インド人的には、ラーワン→ラーヴァナ→ラーマヤナという連想になるはず。