The Blue Umbrella(2007)#060
原作:ラスキン・ボンド/製作・監督・脚本・音楽:ヴィシャール・バルドワージ/製作:ロニー・スクリューワーラー/共同製作:ザリナー・メーヘター(UTV)、デーヴェン・コーテー(UTV)、レーカー・ヴィシャール/撮影:サチン・K・クリシン/作詞:グルザール/楽曲アレンジ:ヒテーシュ・ソーニク/美術:ニティン・ワーブレー/プロダクション・デザイン:サミール・チャンダ/振付:ブシャン・ラカンドリー/衣装:ドリー・アヒウワーラー/音響:ダラ・スィン/音響設計:シャジート・コーエリー/VFX:ラージタルー・スタジオ/編集:アーリフ・シェイク
出演:パンカジ・カプール、シュリーヤー・シャルマー
公開日:2007年7月13日(日本未公開)
National Film Awards 最優秀子供映画賞
Screen Awards 敵役賞(パンカジ・カプール)
釜山国際映画祭2005 上映
ルーカス国際子供映画祭2006 上映
STORY
ある日、ヒマーチャル・プラデーシュ州の山村に暮らす少女ビニヤー(シュレーヤー)は天から舞い降りた<碧い傘>を手に入れる。ところが、欲深い茶屋の店主カトリ(パンカジ)の目に留まり・・・。
Revie-U *結末には触れていません。
「天は二物を与えず」という言葉は、インドにはあてはまらないようだ。
格調高いスコアとダンサブルなフィルミー・ナンバルを自在に紡ぐ音楽監督ヴィシャール・バルドワージは、「サティヤ」Satya(1998)や「Love Ke Liye Kuch Bhi Karega(愛のために何もかも)」(2001)などの音楽監督を務める一方、デビュー作「芽生え」Ankur(1974)でNational Film Awards主演女優賞を受賞し、名女優と名高いシャバーナ・アーズミーを起用した魔女映画「Makdee(黒魔術)」(2002)で<映画監督>にも進出。
以後も、毎年のように自作を輩出しているが、クオリティは並みの職業監督より高く、重厚な作品を作り上げる。
そんな彼がひと際注目されたのが、シェイクスピアの「オセロ」を乾いたインドの大地に置き換えた「Omkara」(2006)。アジャイ・デーヴガン、サイーフ・アリー・カーン、ヴィヴェーク・オベローイら名うての俳優が鎬を削る男達のハードな物語を展開、それでいて、カリーナー・カプール、ビパーシャー・バス、コンコナー・セーン・シャルマーらが花を添え、ダンス・ナンバルをも配置した作風は、ボンベイで起きた実話の映画化「Shootout At Lokhandwala」(2007)にも影響を与えたと思われる。
ヴィシャールは、これより先に「マクベス」を翻案した「Maqbool(受け入れられし者)」(2003)を演出しており、ここではアンダーワールドのドンをその情婦(タッブー)と腹心の部下(「The Killer」のイルファン・カーン)が寝首を掻く設定となっている。
ところが、ヴィシャールの志向は一風変わったアンダーワールド映画だけにあるのではなく、どうしてどうして監督デビュー作の「Makdee」がファンタジックなストーリーであったように、2作の血腥いシェイクスピア物の間に愛らしい小品の本作を手懸けていて驚かさせる。
原作は、パドマシュリー受賞作家ラスキン・ボンドの英語小説「Binya’s Blue Umbrella」(ヒンディー翻訳版「Neeli Chatri」)。彼の生まれ故郷であるヒマーチャル・プラデーシュ州の緑深い、とある山村を舞台に、天から舞い降りたひと張の<碧い傘>を手に入れた少女ビニヤーと、それを横取りしようとする茶屋の店主との間でひと騒動起きるというお話。

(c)UTV Classics,2007.
ビニヤーが<碧い傘>に出合うシーンが、また素晴らしい。
ジブ・クレーン(リーチが長く、先端にリモート・カメラを搭載)を使い、天から下った、異なる世界の物体として遭遇シーンが描かれる。さながら傘は、「2001年宇宙の旅」(1968=米)におけるモノリスとの出合いのようでもある。
それだけに原作では単なる<青い雨傘>であった物を、映画の核に相応しくイメージ・アップするべく、なんとも不思議な和傘(やや中華風でもある)に仕立てる必要があったわけだ。
と、この傘に見蕩れていると、「風が飛ばしたのよ、私のせいなんかじゃないわ……あったぁ〜、あったよお〜」という<日本語>台詞が聞こえてくるではないか!
そう、原作ではデリーから来た小金持ちのインド人マダムという設定を、傘のデザインに合わせて、日本人旅行者と変更されているのだった。
一見してプロの俳優とは思えない面々が登場するに、日本人としてはかなり驚きであろう。
さらに困惑させられるのは、ビニヤーが首に下げた熊のツメで作られたお守りを見るなり、「これ、いいなあ〜。欲しいなあ〜。くれる〜?」と(日本語で)言いだす始末。若い女の旅行者が言うだけでならまだしも、一行の案内を務めると思われる初老の男までも加担し、お金やチョコレートで釣っては手に入れようとする。
バブル期の金満日本人旅行者をイメージしたエピソードであり、山岳民族の衣装を<商品化>させてしまったタイの話を思い出させる(現在はイメージが向上していることを祈りたい)。

(c)UTV Classics,2007.
こうして、ビニヤーは<幸運のお守り>と未知なる<碧い傘>を交換してしまい、受難を受けることとなるのだ。
先に「ひと張の」と書いたように、この傘、手漉きのライスペーパーを目に鮮やかな碧で染め上げた和傘で、劇中でのプライスはRs.2500=7500円(ただし前金!)。現地の感覚でいえば、7万円以上の超高級和傘となる。
日本製とされるこの<碧い傘>は、小道具のオリジナルであるが、欲深店主ならずとも欲しくなる出来。
さて、傘を手に入れたカトリ(傘=チャトリに掛けてある)がすっかり名士氣取りで、村の人々も手のひらを返したように彼を持ち上げるのは、<傘>が王家の象徴だからだそうで、なるほど「チェスをする人」The Chess Players / Shatranj Ke Khilari(1977)でも宮殿の室内ながらその玉座にマハラジャ役のアムジャード・カーンが座る時は彼の頭上に傘が差し上げられていた。
少女ビニヤー(原作のスペリングはBinya)を演じるシュレーヤー・シャルマーはプレイバックのウペグナー・パンディヤーの伸びやかな歌声も手伝って、実に愛らしく、傘盗難に果敢に挑む様が勇ましい。
普段〔他の映画で)は、貧乏人からの訴えなど耳を貸さず、かえって足げにするインドの警察が、本作では少女の言い付けに従って、傘泥棒の捜査に乗り出すのも愉快だ。
一年を通じた撮影のため、彼女自身が成長していることもあり、時よりはっとするような大人びた表情を見せるのが印象的(カジョールを思わせるショットもあり!)。

(c)UTV Classics,2007.
茶屋の店主ナンダキショール・カトリに扮するは、シャー・ルク・カーン主演「Ram Jaane(神のみぞ知る)」(1995)などのパンカジ・カプール。かのシャーヒド・カプールの父であり、National Film Awards 3度受賞者。
パンカジは、ヴィシャールの前作「Maqbool」で見せた勝新太郎ばりにドスの効いた親分をとは一転して、上ずった台詞まわしで老店主の滑稽かつ哀れな様を表し、Screen Awardsネガティヴ・ロール賞に輝いた。
傘泥棒の汚名を晴らすまで好物のアツァール(漬物)断ちするのが可笑しい。子供を従えて、カラフルな風船を結った自転車を<赤い傘>を差しながら得意げに走らせたり、屋根の上で戯けて踊る様は愛嬌あふれ、「童夢」実写版製作の暁には是非とも「チョウさん」を演じて欲しいほど!
ヴィシャールの演出は、コブラと闘うビニヤーのエフェクト・カットやメーラーとしての遊園地が不意にインサートされるなど、エリック・コットの映画「初恋」(1997=香港)を彷彿とするフットワークの軽いモンタージュを持つ。加えて、自身が音楽監督(作曲家)ながら、村祭りで歌われるバジャンが「家族の四季」Khabi Khushi Khabie Gham…(2001)でリティク・ローシャン×カリーナー・カプールのロンドン・ナンバル「you are my sonia」の替え歌だったりと、ユニークな演出が楽しめる。

(c)UTV Classics,2007.
碧い傘を担いで野を行く少女の姿は微笑ましく、季節をはさんで撮影された詩情あふれる映像と幽玄なスコア、明快で心を潤すフィルミー・ナンバルが織りなす作品世界が実に魅惑的だ。
ここ数年、ボリウッドで静かな流れとなっているテーマ「apologize」を先取りした「許し」が少女から大人への成長を感じさせる。
釜山国際映画祭でオープニング上映を飾るも我が国は素通りとは淋しい限り。 日本公開が望まれる宝の小箱であろう。
by chance.
*追記 2010,09,16
>ヴィシャール・バルドワージ
最新監督作はシャーヒド・カプール主演「Kaminey(イカれた野郎)」(2009)。
プロデューサーとしては、ナスィールディン・シャー、アルシャード・ワールシー、ヴィッディヤー・バーラン主演「Ishqiya(色欲)」(2010)。
音楽監督としては、シッダールタ主演「Striker」(2010)を担当。
監督次回作は、ラスキン・ボンド原作「Saat Khoon Maaf(七人殺しを許して)」(2011)を現在製作中。プリヤンカー・チョープラーが7人の夫を殺しまくるスリラーだそう。
>ラスキン・ボンド
長らく邦訳がなかったが、2009年2月に短編集「ヒマラヤの風にのって 小さな12の物語」(段々社)が初刊行。巻頭の「ぬれた紙幣」は「スラムドッグ$ミリオネア」の原作邦訳「ぼくと1ルピーの神様」以上に感動的だが、訳の出来にばらつきが感じられるのが残念。