Gangaajal(2003)#056
Gangaajal(ガンジスの聖水) 07.05.17 ★★★★
脚本・編集・監督:プラカーシュ・ジャー/撮影:アラヴィンド・K/音楽:サンディープ・シャンディルヤー、ワイネー・シャルペー/アクション:ジャイ・スィン/美術:スカント・パニグラーヒー
出演:アジャイ・デーヴガン、グレーシー・スィン、モーハン・アガシー、モーハン・ジョーシー、アーユブ・カーン、アーキレンドラ・ミシュラー、ムケーシュ・ティワリ、ヤーシュパル・シャルマー、ブリジ・ゴーパル、アニター・カンワル、ダーヤーシャンカル・パーンディー、アジャイ・ローヒッラ、アヌープ・ソーニー、チェータン・パンディット、パリトーシュ・サンド、サミープ・スィン、パダム・スィン、ディーパック・チャンド、マヘーシュ・グプタ
特別出演:マンニャーター・バット、クランティ・レードカル
公開日:2003年8月29日(日本未公開)
Film Fare Awards 最優秀背景音楽賞(ワイネー・シャルペー)
Screen Weekly Awards 最優秀台詞賞(プラカーシュ・ジャー)
STORY
ビハール州の片田舎テージプルの副局長格SPとして赴任したアミット(アジャイ)。だが、ここの町はサドゥー・ヤーダウ(モーハン・ジョーシー)という親玉に仕切られていて、警察もすっかり腐敗していた・・・。
Revie-U
ビハール州はインド国内でも最貧の州に数えられるばかりか、ダコイト/ダクー(盗賊・義賊)の本場と知られ、今も警察の手が及ばないジャンガルに身を潜める。あるいは本作のように地方権力を完全に掌握して、自由に暴れ回っていたりする。その背景には、分離独立後の土地改革がなされなかったため、タークルという地主層が意のままに振るまい続けていることもあるだろう。
無論、海外資本の進出指針でもランクは低く、インドの経済成長を考えると、今後、他州との格差が拡がってゆくと思われる。
ストーリーのアウトラインは、マノージ・バージパーイ主演の秀作「Shool(槍)」(1999)に準ずる。いわゆる妄想飛びのミュージカル・ナンバルはなく、唯一、荒くれ男たちの前で踊り子がひとり踊る、というのも、シルパー・シェッティーがゲストで登場した「Shool」のムジュラー・ナンバル「main aai honn」に相当(この曲は、南アで行われたステージ・ショー「Now or Never 2」でもシルパーのパフォーマンスでフィーチャルされていた)。ただし、こちらのアイテム・ガールは踊りとは名ばかりの見苦しい動きに留まる。
「Shool」は、マノージの家族が暴力の標的にされ、その脅威に打ち砕かれつつも彼が正義を突き通し、また同時に壊れてゆく様を描いたニューウェーヴ作品で、さながらインド版「わらの犬」(1971=米)といった緊張感が詰め込まれていた。
本作は単なるコピーではなく、汚職警官の中にも正義の心が伝播してゆく展開となっている。
赴任間もないアミットが管轄内を視察に出ると、そこで私服の彼は一般人と思い込まれて警官たちのぞんざいな様を見ることになる。ここは囚人として新任先の刑務所へ乗り込んだ所長の話、ロバート・レッドフォードの「ブルベイカー」(1980=米)を思い起こさせる。
職務怠慢でいの一番に解雇される巡査補マンガニーが、「Lagaan」ラガーン(2001)、「Swades(祖国)」(2004)のダーヤーシャンカル・パーンディー。
検問と称して道路封鎖し、警官というペルソナにあぐらをかいては賄賂を強要している不真面目警官。私服のアミットを一般人と思って愚弄したところ、実は新任のSPと知って困惑、いきなり部下を平手打ちして責任転化しようとする様が可笑しい。
その後、マンガニーは息子らと共に家族が一丸となってチャーイワーラーとして生計を立てるなど、氣の弱そうに見えるダーヤーシャンカルにぴったりの役どころ。
ある時、警邏中のアミットが通りかかる。人心にかなった職務から彼を敬服するパーンワーラーがパーンを差し出そうとする。これを見たマンガニーが息子にチャイを運ばせる。マンガニーが心根を正して清貧にあることを見て取るや、アミットは「子供は学校へ通わすこと。そして、明日から復職するように」と言い渡す。
この背景にうっすらと流れてゆくのが、人と人の心のつながりを唄ったラージ・カプール主演「Anari(初心者)」(1959)のメモラブル・ナンバル「kisi ki muskurahaton(誰かの微笑みに接すれば)」(ムケーシュ)。腐敗した町の裾野に正道が吹き返しつつあることを伝えるだけでなく、ボリウッドの良心が感じられるエピソードである。
もうひとり、出色の配役が、アミットに感化されサドゥー・ヤーダウの子飼いから「警官」に立ち直ろうするムケーシュ・ティワリだ。ガッバル・スィンの向こうを張った「China Gate」(1998)での盗賊首領ジャギーラ役を経て、「Refugee」(2000)、「Farz(義務)」(2001)、「Aap Mujhe Achche Lagne Lage」(2002)などで不快指数200%の悪役ぶりを示して来たムケーシュだが、ここに来て役者魂が認められての改心役に昇格。それだけに、サドゥー・ヤーダウの理不尽さに苦悩し真人間へと目覚め行く様が胸を打つ(ちなみに役名はバッチャー・ヤーダウ。「Shool」でサヤージ・シンディーが演じたドンがバッチュー・ヤーダウ)。
正義派に組する若手警官には「Dil Chahta Hai(心が望んでる)」(2001)のアーユブ・カーンの姿もあり。
この他、町を牛耳るサドゥー・ヤーダウに「Vaastav(現実)」(1999)のモーハン・ジョーシー、サドゥーの愚息スンダルに「Lagaan」の裏切り者、「Kisna」(2005)のヤーシュパル・シャルマー、サドゥーに通じる不徳な警官が同じく「Lagaan」の鍛冶屋、「Tarkieb」(2000)のアーキレンドラ・ミシュラ、「Yeh Raaste Hain Pyaar Ke(愛の道標)」(2001)のブリジ・ゴーパルなどなど、男臭い癖者俳優たちがまたぞろ顔を見せているのが嬉しい。
ワニ目のブリジは野中の分署の警官ながら、アミットが到着した時、なんと留置場内に寝そべり赤フン一丁姿でオイル・マッサージ中!(メイクの太い眉と水牛の角のように反り上がった口髭は、ビハール州のダクーなどにも多く見られる田舎式)。
ヒロインは、アミットの妻役としてグレーシー・スィンが出演(ミュージカルは、なし)。夫を見守る視点がしばしばあり、「Hum
Aapke Dil Mein Rehte Hain(私はあなたの心に住んでいる)」(1999)や「Hu Tu Tu」(1999)の演技が固い頃と比べると存在感は増したものの、「Lagaan」、「Munna Bhai MBBS」(2003)以降の伸び悩みは否めない。
タイトル「Gangaajal」は、ムケーシュ演ずるバッチャーら正義派の警官たちでサドゥー配下のゴロツキどもを留置場内で制裁する時に用いるバッテリーの酸。これが天誅を加える<ガンガーの聖水>となる。男どもを押さえ込み、千枚通しで目を突き刺しては酸で目を焼くのだ。
これはバーガルプルで実際に起きた目つぶし事件からインスパイア。群衆の怒りは、時に<正義>の領域を超え、復讐となる。この抑圧こそ、インドの現実であろうが、日本人の視点からすると過剰に思えてしまうところでもあろう。
アミット・クマールのタイトル(役職)SPとは、Superintendent of Policeの略で、副局長格。
サドゥーと結託しているアミットの上司DIGがDeputy Inspector General of Police、州警察の長官というところか。
本作の中でも警官が暴徒を暴れるに任せているシーンがあるが、ヒンドゥーとムスリム対立に警察が<関与>し、暴動を<放置>していた実態は、アミターブ・バッチャン主演「Dev」(2004)に描かれている。
オープニング・タイトルバックの沈欝なメロディラインが、佳作「Raincoat」(2004)を思い出させる。
主人公アミット・クマールに扮するアジャイ・デーヴガンは昨年、シェークスピアの翻案「Omkala」(2006)と「アニマルハウス」(1978=米)を彷彿とさせるボンクラ学生物「Golmaal」(2006)に出演。
対極に位置するオファーを受け入れられる懐深さが、同じく安手のアクションスターからキャリアをスタートし演技派に転向してからは軽い映画には出ようとしない某国の真田広之とは大きな違い。
脚本・監督は、実生活で結婚したばかりのアジェイとカジョールによる映画内不倫物「Dil Kya Kare(心迷って)」(1999)のプラカーシュ・ジャー。
本作では、Screen Vidocon Awards台詞賞を受賞。E・ニワス演出の「Shool」と比べるとやや緩い仕上がりにも思えるが、これは照明を当て込んだ明るめのルックと状況音を落としたアフレコのため。
興行的には19位止まり。だが、各映画賞に述べ22部門ノミネートされるなど、作品の質は高い。アジャイの硬質な芝居も佳く、案外楽しめるだろう。
引き続き本作のキャストを集め、現代インドに蔓延る政治と暴力を扱ったプラカーシュの次作「Apaharan」(2005)では、一転してアジャイが悪徳政治家に飼われる暴力装置となり、その父親に本作でDIGを演じたモーハン・アガシー(国立映画テレビ研究所所長)が愚息に愛を抱きながらも法を重視する教授役を好演している。
追記 2010,09,12
>ムケーシュ・ティワリ
前年の「The Legend of Bhagat Singh」(2002)でアジャイと初共演。その後も引き立てられる形でアジャイ組に。本作でキャラクターに変化をもたらし、不快指数200%の敵役からコミカルな小市民まで持ち味を広げている。
「Golmaal(ごまかし)」シリーズ、「Sunday」(2008)、「One Two Three」(2008)などがオススメ。ラージパル・ヤーダウ主演「Undertrial」(2007)の聖人じみた囚人役もよい。
>グレーシー・スィン
パッとしないまま、すっかりトウが立ってしまったグレーシー。それでも「ラガーン」Lagaan(2001)のヒロインという威光を頼りにマイナー作品で看板ヒロインを獲得し続けている。
が、金の欲しさに窃盗をそそのかし、挙げ句は老婆を平氣で殺めようとするブラック・コメディ?「Dekh Bhai Dekh(見て、兄さん、見て)」(2009)など悪女ぶりが板につき過ぎて感情移入できなかったりする。
>プラカーシュ・ジャー
ゼロ年代に監督作が3本、それもメガヒットしたとは言えない作品ばかりだが、新作「Raajneeti(政祭)」(2010)では7大スターが鎬を削る政界マハーバーラタというべき大作。インドの現代政治に興味がある人にはオススメ。