「タイガー 伝説のスパイ」Ek Tha Tiger(2012)#317

ヤシュ・ラージ正規盤は、DVD2枚組。
「タイガー 伝説のスパイ」Ek Tha Tiger(2012) ★★★☆
エク・ター・タイガー(タイガーがいた)
製作・原案:アーディティヤー・チョープラー/監督・台詞:カビール・カーン/脚本・台詞・作詞:ニーレーシュ・ミスラー/撮影:アシーム・ミシュラー/音楽:ソハイル・セーン、サジード&ワジード/作詞:コォーシャル・ムニール、アンヴィター・ダット/背景楽曲:ジュリアス・パッキアム/振付監督:ヴァイバヴィー・メルチャント、アーメード・カーン/アクション:コンラード・E・パルミサーノ、パルヴェーズ&フェーローズ、マルコス・ローントゥワイツ(アイルランド/トルコ)/プロダクション・デザイナー:スカント・パニグラフィー(インド)、ジョン・ハンド(アイルランド)、メリー・ボーラガン(トルコ)、カロルス・ウルダニヴィア(キューバ)/VFX:TATA ELXSI/衣装:アシュレー・レベッロー、アルヴィラー・カーン、アルン・チョウハーン、アノーシュカー・ヴェルジー/配役監督:シャンドー・シャルマー/編集:ラメーシュワル・S・バガット
出演:サルマーン・カーン、カトリーナー・ケイフ、ギリーシュ・カルナド、ランヴィール・ショーレイ、ローシャン・セート
2012年8月15日世界公開/132分(2013年4月日本公開)
STORY
RAW(インド情報局)の凄腕エージェント、タイガー(サルマーン)は、ある任務を帯びてダブリンへ渡るが、そこで美しき女性ゾーヤー(カトリーナー)と出会い恋してしまう。しかし、彼女は…。
Revie-U
インドの映画界において独立プロからエンターテイメント・コングロマリット化を果たしたヤシュ・ラージ・フィルムズは、ラヴ・ロマンス物を中心にゴージャスなトップ・スターを配役した作品で2000年代を制して来たが、2010年代に入りリアル感に重きを置いたインディペンデントな作品がトレンドとなるや、素早く方向転換し「Band Baaja Baaraat(花婿行列狂騒楽団)」(2010)、「Lafangey Parindey(無頼の鳥)」(2010)、「Ladies vs Ricky Bahl」(2011)などマイナー・スターを使い小粒な作品を制作。
しかし、機を見るに敏なヤシュ・ラージだけあって、2012年には世界各国でロケを展開する大作路線へ復帰。しかも本作の主演は、90年代初頭から<3大カーン>に数えられるトップ・スターながら、これまでヤシュ・ラージが食指を動かさなかったサルマーン・カーン。「Wanted」(2009)、「Dabangg(大胆不敵)」(2010)、「Bodyguard」(2011)が次々メガヒットとなり驀進中とあって、さすがのヤシュ・ラージも無視出来ず、節操なくフィーチャルするところがヤシュ・ラージたるところ(なにしろヒロインがカトリーナー・ケイフ!)。そして期待以上のヤシュ・ラージ歴代ナンバル1ヒット(国内興収3400万米ドル)を叩き出した。
監督のカビール・カーンは(ジャーヴェード・ジャフリーが来日したかと思った…苦笑)、ターリバーン没落後、いち早く全編アフガニスターン・ロケを行ったジョン・エイブラハム主演の秀作「Kabul Express」(2006)で監督デビュー。その後も911以降、苦境に立たされた在米イスラーム教徒の心情を題材にした「New York」(2009)など、パキスタン絡みの硬派なテーマを描き続ける。
本作では娯楽大作としてコメディ・スケッチも用意。掴みのオープニング・アクション明け、ダンス・ナンバルに突入?と思わせつつ隣人スケッチで交わすなど寸止め演出に好感が持てる。ただ、作品を重ねるごとにメジャー化しているためもあって、ジャーナリスティックな視点が薄れてゆくのが寂しい(美人TV女優の奥さんミニー・マートゥルにもカメオで出て欲しかったが)。
本作は、スパイ物と煽っておきながらもアクションはそこそこで恋物語にウエイトを置いており、「ミッション・インポッシブル」系を思い描いていた口には物足りないだろうが、実にボリウッドらしい語り口であるのが嬉しい。
グリーンバックによるデジタル合成を多用した劇画風アクションは好みの分かれるところだが、これも技術向上の過渡期と思って傍観するとしよう(白夜の街を眺めながらサルマーンとランヴィールが屋根の上で語り合う場面などは全く違和感なし)。
ダンス・ナンバルは前編・後編各1曲と控えめだが、むしろ最近の傾向ではダンスなしの作品の方が主流である事を考えると、サルマーン起用へのファン・サービスといったところか(前半「banjaara」におけるスクヴィンダール・スィンの深遠な歌声が佳い)。
さて、主演のサルマーン・カーンであるが、近年の再ブレイクは真に凄まじく、「キング・オブ・ボリウッド」のシャー・ルク・カーンが霞んで久しいほど。もともと90年代のトップ1ヒット「Hum Aapke Hain Koun…!(私はあなたの何?)」(1994)を放っていたサルマーンだが、ボリウッド海外市場トップ10中2~5位を占め、2位本作、3位「Dabangg 2」(2012)、4位「Bodyguard」(2011)、5位「Dabangg」(2010)と計1億8600万ドル稼ぎ、断トツのマネー・メイキング・スターとなった。
ややサウス・テイストが入ったアクの強い「Dabangg」シリーズとは異なり、本作ではボリウッド王道のクールな美顔スターぶりを見せる。サルマーンというとすぐに筋肉が取り沙汰されるが(あれは本人が脱ぎたがっている訳ではない。筋肉がつき始めた若い頃はともかく)、本作ではミッション前にシャツを着替える場面で「申し訳程度」に見せるだけ。むしろ、シャツに隠された肉厚のシルエットが彼の人間的な厚みを象徴するかのようにたくましく思える。
ヒロイン、ゾーヤーに扮するカトリーナー・ケイフは、「New York」に続くカビール・カーン作品。後半見せる黒地に赤ラインの鮮烈な衣装が彼女を神秘的なまでに美しく引き立てている。ボリウッド・トップ女優に成長しサルマーンに負けない風格を備えただけに、スクリーン・ケミストリーは抜群。サルマーンとの仲が惜しまれる。
2012年はヤシュ・ラージ続きで、故ヤシュ・チョープラー監督の遺作となった「命ある限り」Jab Tak Hai Jaan(2012)でシャー・ルクと初共演、ヤシュ・ラージでは撮影中の本丸「Dhoom 3:Back in Action(騒乱3)」が待ち遠しい。
余談だが、自己紹介し合うスケッチでカトリーナー扮するゾーヤーが愛称を「ジー(ZeeTV)」と言えば、サルマーン演じる偽名のマニーシュが「ドゥールダルシャン」と答える。単に「国営放送」というだけでなく<退屈な男>というギャグ(それ故すべる)。
サポーティングは、同僚エージェントにランヴィール・ショーレイ。コミック・リリーフの一端を担っているが、「チャンドニー・チョーク・トゥ・チャイナ」CC2C(2009)の道化易者役とは異なり、彼本来の持ち味であるシリアスな芝居も見せる。
RAWボス役には、「Iqbal」(2005)などナゲーシュ・ククヌール作品でリスペクト・オファーされていたギリーシュ・カルナド。National Film Awards受賞者であり、自身も監督を務め、国立映画テレビ研究所のディレクターだけあって、前半、部下であるサルマーンと酒を飲み交わす場面でのナチュラルな芝居が風合いを感じさせる(大仰な南インド映画とは大違い)。
教授役のローシャン・セートは出番は少ないながら役名付きでクレジットされるだけあって、「ガンジー」(1982=英)、「インディー・ジョーンズ:魔宮の伝説」(1984=米)、「ストリート・ファイター」(1994=米)、「モンスーン・ウェディング」(2001=米)など海外作品が多く、本作でもクイーンズ・イングリッシュを披露。
*以下、ネタバレ含みます。
ゾーヤーが所属する「ISI」は、パキスタン軍の情報部。政治・国家的には印パが対立構造にあるため、ボリウッド映画で「ISI」は悪名高き宿敵という立ち位置となるが、インド/パキスタンは長い年月を共にした分かち違い同じ文化圏として、しばしば恋愛や兄弟、友情をメタファーとして込められる。
このような背景から、2010年にブレイク・アップしたサルマーンとカトリーナーの共演は、あえて最適のシチュエーションと言える(別れたスター・カップルの共演作としても最大のヒット作だろう。このへんのあざとさはヤシュ・ラージの御大、故ヤシュ・チョープラーが自身の監督作「Silsila(関係)」(1981)でアミターブ・バッチャン×正妻ジャヤー×愛人レーカーという噂の渦中にあった際どいキャスティングでヒットを物にしたお家芸?)。
と同時に2000年代半ばからパキスタン絡みの作品が増えているのは、海外マーケットの一翼を担っているのがパキスタン人である事も大きい。
本作の醍醐味と言えるのが、インド国内(デリー)だけなくトルコ、アイルランド、キューバ(!)などスパイ物としてそそる豪華な海外ロケ。マジックアワーを存分に使った撮影監督アシーム・ミシュラーによるリッチなルック(映像)は観ているだけで心酔わせ、まさしくボリウッド映画の真価と言える。
ロケ地ごとにプロダクション・デザイナーを振り分け、アイルランドのショッピングモールでもエスカレーターを下るくだりでも背後にしっかり美人エキストラを配置する仕事ぶりは、さすがプロフェッショナル。映画産業の規模があってこそ出せる安定感が、やはり心地好い。ちなみにプロモーション用に作られているエンディング・ナンバルは、このために作られたオープンセットで撮影されている。
今回、「ボリウッド4」と題して近年のヒット作がまとめて劇場公開される中で本作がセレクトされ、最新のボリウッド・テイストが日本の映画ファンの目に触れる機会を得た事は大きい。
ただ、スパイ・アクション物というカテゴリー分けではいささか収まりが悪く、また「インド映画=コテコテ」という手垢の付いたイメージのある日本市場の中では、ボリウッド本来の持ち味がすんなりと受け入れられるのはまだ先の事であろう。
ボリウッド映画の見所は(音楽場面の手練れぶりは一面でしかない)、人好きで物語好きなインド人ならではの人間模様の語り口にあり、底の厚い映画産業から成る確たる映画術にあり、魅惑的な声を放つスターの存在と本人の人柄が役柄にもにじみ出しているように錯覚させる洗練された芝居にある。これらが真に理解される時、観客の意識も変わり、日本映画も変わり世界に通用するようになると思うのだが、果たしてどうだろう?
*ボリウッド・トークショーのお知らせ。
<サラーム海上の「みんなインドにしてしまえー!」公開中イベント>
5月14日(火)19:00『命ある限り』上映回
ゲスト:すぎたカズト(ナマステ・ボリウッド主宰)
司会進行:サラーム海上(よろずエキゾ風物ライター/DJ)
チケット料金:通常料金(前売券使用可)
チケット販売:当日開館時刻よりシネマート新宿6Fチケットカウンターにて販売開始
※イベント及び登壇者は予定につき、急遽変更になる場合がございます。あらかじめ
ご了承ください。
※カメラ及びビデオ撮影(携帯含む)・録音などは固く禁じます
尚、シネマート新宿にてナマステ・ボリウッド制作のオリジナル・ムック・シリーズ「SRK DVD ガイドブック」、「Bollywood Beauties」、「That’s Bollywood 2000’s」が販売されます。まだお持ちでない方は、この機会にぜひどうぞ。
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