Dor(2006)#040
「Dor」運命の糸 2007.10.20 ★★★★
ドール
製作代表:イーラヒ・ヒップトーラー/脚本・監督:ナーゲーシュ・ククヌール/撮影:スディープ・チャッテルジー/音楽:サリーム-スレイマン/プロダクション・デザイン:デーヴィカー・バフダナム/美術:マニーシュ・サッペル/音響設計:ヴィピン・バティ/編集:サンジーブ・ダッタ
出演:アイーシャー・タキア、シュリーヤス・タルパデー、グル・パナーグ、ギリーシュ・クマード、プラティークシャー・ローンカル
公開日:2006年9月22日(第20回東京国際映画祭2006・アジアの風にて上映)

(c)Eros Entertainment, 2006.
新婚早々、夫を出稼ぎに送り出したズィーナト(グル)は、間もなく夫が事故により同僚の殺人容疑に掛かっていること、現地では被害者の妻が容認すれば告訴は免れる、と知らさせる。そこで彼女はカシミールの山村からラージャースターンに住む新妻にして寡婦となったミーラー(アイーシャー)を訪ねるが・・・。
Revie-U *結末には触れていません。ご安心を。
日印交流年ということもあって、我が国でも本年はいつになくインド映画ラッシュとなっている。この秋上映されるインド映画は50本以上を数えるが、そのほとんどは日本国内にプリント(フィルム)が保存されている旧作。
本作は、第20回東京国際映画祭にてアニル・カプール製作、アクシャヱ・カンナー主演「Gandhi My Father」ガンジー、我が父(2007)と共に<もっとも新しい>インド映画を伝える1本となっている。
*この他の<新作>としては、アジアフォーカス・福岡国際映画祭2007で上映されたシャー・ルク・カーン主演「ドン」Don(2006)がある。
監督のナーゲーシュ・ククヌールは、「Hyderabad Blues」(1998)などのテルグ映画界出身。時流に乗って「Bollywood Calling」(2001)でヒングリッシュを手懸けてボリウッドに移り、「3 Deewarein(3つの壁)」(2003)でヒンディー映画に着手。続く「Iqbal」(2005)、本作と小粒ながら良質な作品を毎年輩出してきた。近年、映画製作にも力を入れている南アフリカのTVネットワーク、サハラ・ワンがNRIの視聴者に見合う水準、ということで白羽の矢を立てたのが彼、というわけだ。
役者も兼業していて、「Iqbal」を除く監督作で自ら重要な役柄を演じ、本作でも店子(たなこ)役で姿を見せている。が、芝居のレベルはスバーシュ・ガイー同様、素人臭さが否めず、作品の足を引っ張っている…。
次回プロジェクトでも引き続きアイーシャーを起用し、一皮剥けたアクシャイ・カンナー(父ヴィノードも共演)、シャーヒド・カプールを招いた「Tasveer」(2008)を製作中。

(c)Eros Entertainment, 2006.
行動派の妻ズィーナトを演ずるは、ミス・インディア1999を経て、ミス・ユニヴァースに出場し、6位を獲得したグル・キラート・パナーグ。ボビー・デーオール主演「Jurm」(2005)のセカンド・ヒロインは、安っぽいメイクとドレスも手伝って月並みであった。本作におけるノー・メイクの方が印象的(演出力の違いであろう)。
夫の無罪を勝ち取るために奔走するズィーナトのキャラクターは、冒頭、古い家屋を自ら修繕し、夫となる男から「結婚してくれ」というプロポーズにも「どうして?」と答えるなど、自立した精神の持ち主として設定されている。
彼女の夫役は、「Mr. Ya Miss(ミスターorミス)」の青っちょろい下心社員、ルシャード・ラーナー。役名は、なんとアーミル・カーン! もちろん、ズィーナトと言えば、旧「Don」(1978)など70年代のマドンナ、ズィーナト・アマンを連想させるので、何故アミール・カーンなのか、ナーゲーシュにインタビューしたいところである。

(c)Eros Entertainment, 2006.
さて、本作に一服の清涼剤として登場するコミックリリーフが、ナーゲーシュの前作「Iqbal」で聾唖のクリケット青年を熱演したシュリーヤス・タルパデー。
マラーティー・ソープオペラからキャリアをスタートさせ、「Aankhen(盲目)」(2001)の小さな役(パレーシュ・ラーワル扮する盲人辻芸人と親しげに語り合う駅のチャイワーラー)で銀幕デビュー。
今回は、占星術師、警官、シヴァ神、駱駝使いなど、変幻自在?な冴えない詐欺師がその役どころ。素っとぼけたトリックスターぶりは、ほとんど竹中直人?!
ディワーリ新作「Om Shanti Om」オーム・シャンティ・オーム(2007)でシャー・ルクとの共演も楽しみである。
サポーティングとして、ミーラーの舅役に「Iqbal」で敵役コーチのギリーシュ・クマード。マハーラーシュトラ州出身ながら、各言語の映画界で活躍し、メガスター、チランジーヴィー主演のテルグ・リメイク版「Shankar Dada MBBS」(2004)にてスニール・ダットに相当する父親役を演じている。
脚本家としても名高く、「Bhumika」(1977)ではNational Film Awards最優秀脚本賞を受賞。シャシ・カプール製作のシャーム・ベネガル作品「Kalyug(末世)」(1981)も手懸ける。ナーゲーシュの若き才能に共鳴しての二作品連続の出演であろう。
また、同じくミーラーの姑役に「Iqbal」の母親役プラティークシャー・ローンカルが姿を見せている。

(c)Eros Entertainment, 2006.
さて、本作に一層魅力を与えているのは、若き寡婦となる新妻ミーラー役のアイーシャー・タキアであろう。「Yun Hota Toh Kya Hota(もし起きたら、何が起きるか)」(2006)や「Fool N Final」(2007)のグラマラスかつゴージャスなイメージから一転、すっぴんで愛らしい新妻役を初々しく好演。
音楽のサリーム-スレイマンが紡ぐ叙情的なメロディーは心をゆるく撫で、劇中歌「yeh honsla」を歌うパーキスターン人シンガー、シャフカト・アマーナト・アリー・ハーンのせつない歌声が本作をより味わい深いものに仕立てあげる。
ラージャースターンの碧い空を切り取った映像は、「Lucky」(2005)でロシアを美しく描きあげたスディープ・チャッテルジーの仕事。
後半、重要な役割を果たす砂漠の中のヒンドゥー寺院は、プロダクション・デザイナー、デーヴィカー・バフダナムと美術監督マニーシュ・サッペルの手によるオープン・セット。原題「紐」は、傍らにある大木に願掛けされた朱や黄色の紐に由来し、そしてカシミールとラージャースターンという時間も距離も隔たりを持つ地に生きるふたりの女性を結ぶ運命を意味している。
伝統に従い閉鎖的な環境にある多くのインド女性にとって、生きることは多くの制限を伴う。夫を失うことは伴侶を失うだけでなく、その後の人生の自由と喜びを失うこと、という台詞が胸を打つ。
路地裏の小道をひとり歩くミーラーの耳に、どこからか届くのは、彼女がまだ幸せに満ちていた新婚当初、舅たちの外出中、夫の前で口ずさみながら戯けて踊っていた思い出のナンバル「you are my sonia」(アルカー・ヤーグニク/ソーヌー・ニガム)〜「K3G」(2001)。
「Water」とらわれの水(2005)を見るまでもなく、寡婦は人前で感情を見せることさえ善しとされず、無論、踊ることなど許されない。辺りを見渡し、誰も見ていない事を確認し、メロディーに合わせてそっとステップを踏むミーラーの姿が哀らしい。
この点、結婚自体が契約行為であるムスリムのズィーナトとは立場が異なる。
行動的なズィーナトは、ミーラーを連れ出し、町外れの映画館へと出かける。ここで上映されているのが、ジャッキー・シュロフの初主演作にして彼がブレイクした「Hero」(1983)。ヒロイン、ミーナークシー・シシャードリーの台詞を空で口ずさんでスクリーンを見入るミーラーが、実に感動的だ。
人生の喜びを<フィルミー>を用いて見事に描き切るナーゲーシュはさらに続けて、ミーラーとズィーナトを駱駝に乗せて砂漠へと向かわせる。ふとラジオから「Bunty Aur Babli(バンティーとバブリー)」(2005)のヒットナンバル「kajra re」が流れるや、ミーラーは駱駝を止めさせ、広々とした砂漠の中で誰に咎められることもなく、「kajra re」を踊るのだ。無論、アイシュワリヤー・ラーイとは比べるべくもないが、心ゆくまで踊るアイーシャーがフィルミーファンと同じ目線であることが無性に嬉しい。
★本作は「運命の糸」という邦題で、第20回東京国際映画祭・アジアの風部門にて10月21日と23日に上映。ホールでの「kajra re」を是非堪能して欲しい。
尚、来日ゲストによるティーチ・インはない模様。
*追記 2010,09,04
「Tasveer(写真)」は「8X10 Tasveer」のタイトルに変更。キャストはアクシャイ・カンナーから看板役者アクシャイ・クマールに変更。これまでの作風とは違ったスリリングな真理スリラーに仕上がっている。
本作でストーリーを牽引するメインリードとして十分な存在感を見せつけたグル・パナーグだが、その後は上手くキャリアを伸ばせず。医大生のひとりを演じた「Summer 2007」(2008)も出来は芳しくない、わりとあんまりな映画。
コミックリリーフを務めたシュリーヤス・タルパデーは、「Om Shanti Om」オーム・シャンティ・オーム(2007)、「Golmaal Returns(ごまかしリターンズ)」(2008)などトップ・メジャーにも進出。主演作では、アジアフォーカス・福岡国際映画祭でも上映されたシャーム・ベネガル監督の人情喜劇「Welcome to Sajjanpur」ようこそサッジャンプルへ(2008)が佳い。
尚、アイーシャー・タキアは、 2009年3月、議員の息子ファルハーン・アズミーと結婚済み。サルマーン・カーン共演「Wanted」(2009)がオススメ。シャーヒド・カプール共演「Paathshaala」(2009)は凡作であったのが残念。
*追記 2012,07,13
本作でフィルミーソング及びバック・スコアを手がける音楽監督デュオ、サリーム-スレイマンは、レディー・ガガの「born this away」ボリウッド・リミックスを手がけ、注目を集める。
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