Ramchand Pakistani(2008)#281
(ラームチャンドはパキスタン人)」★★★★
ラームチャンド・パーキスターニー
製作・脚本:ジャーヴェード・ジャッバル/編集・監督:メヘリーン・ジャッバル/脚本:モハムマド・アフメド/撮影:ソフィアン・カーン/作詞:アンワル・マクスード/音楽:デーバジョーティー・ミシュラー/プロダクション・デザイン:アクール・ウル・レヘマーン/編集:アシーム・スィナー
出演:ナンディーター・ダース、ラーシド・ファルークィー、サイード・ファザル・フサイン(新人)、ナヴァイド・ジャッバル(新人)、ノーマン・イジャズ、マリア・ワスティ、アドナン・シャー、アダルシュ・アヤズ、サリーム・マイラージ、アーティフ・バーダル、シャフード・アルヴィ、サイフェーハッサン、マスタル・ヤクーブ、ハッサン・ニアズィ、ファルーク・パリオ、ザレー・サルハディ、カリーム・ブックス・バローチ、イクバール・モンティラーニー、カズィム・ラーザー、モハムマド・ラフィク
公開日:2008年10月2日(パキスタン/ウルドゥー/日本未公開)103分

(c)Project One (Pvt) Ltd, Namak Films, 2008.
STORY
パキスタンとインドの国境付近に住む最下層の少年ラームチャンドは、ある日、ふらりと国境を越えてしまう。インドのBSF(国境警備隊)はラームチャンドを探しに来た父親シャンカル(ラーシド・ファルークィー)共々、有無を言わさず彼らを逮捕して国境から離れた収容所へと送ってしまう。事情を知らぬラームチャンドの母チャンパー(ナンディーター)は何年も待ち続ける…。

(c)Project One (Pvt) Ltd, Namak Films, 2008.
Revie-U
製作陣営はパキスタンだが、母親役に「Aks(憎しみ)」(2001)のナンディーター・ダース(クレジットもトップ・ビリング)、「Raincoat」(2004)の音楽監デーバジョーティー・ミシュラーとプレイバックのシュバー・ムドガルが起用されており、ナスィールディン・シャーを招いた「Khuda Kay Liye」神に誓って(2007)と共に知られるパキスタン映画の秀作だ。
パーテーション(印パ分離独立)の際、パキスタン領からはヒンドゥーが、インド領からはムサルマーン(イスラーム教徒)が行き交い、流血の悲劇が起きたのは「Gadar(暴動)」(2001)に描かれた通りだ。
しかし、渡航費用が工面出来なかった貧困層のムサルマーンがインドに残らざるを得なかったように、ダリット(不可触民)とされるトライブ(先住民)・ヒンドゥーもパキスタンに残ったわけだ。
国家としてのパキスタンは永らくインドを敵視し、2006年までボリウッド映画を上映禁止にして来たが、国民はボリウッドにゾッコンで海賊盤やサテライト等で見まくって来た(それ故、日本に来ているパキスタン人経営の<インド・レストラン>でボリウッドのフィルミー・カラオケにパキスタン人たちが集まっている)。
本作の制作もパキスタン陣営だけで可能なところを、ナンディーターらを招いているのは、民間ベースの印パ交流と言える。
が、単純に配役や音楽のフィーチャリングだけでないところが本作の興味深いところ。

(c)Project One (Pvt) Ltd, Namak Films, 2008.
<インド人>のナンディーターが演じるヒンドゥーに対して、ラームチャンドが収容される刑務所の女性上官カムラーにパキスタンの若手女優マリア・ワスティが据えられている。役どころはヒンドゥーであるばかりか、大のボリウッド・ファンで、部下に「Mr,India」Mr.インディア(1987)と「Chaalbaaz(狡い奴)」(1989)の2in1海賊ビデオを持って来させて職務中にひとり見入ったりする。
後日、シュリーデヴィーが同じカーキ色の制服を着て女警官を演じる「Jawab Hum Denge」(1987)を見ている時など、そらんじている台詞を同時につぶやくのだ。これは「Dor」運命の糸(2007)のアイーシャー・タキア、「Break Ke Baad(別れの後で)」(2010)のディピカー・パードゥコーンの少女時代も然りで、これをパキスタン人の脚本・監督のパキスタン映画でも同様に描かれていることからして、国家としては分断となったが、文化としては離れがたい結び付きであることが見て取れる訳だ。
(この他「Chandni」のビデオ鑑賞、ラームチャンドが自転車に乗って歌うのが「Tezaab」の「ek do tin…」。ラームチャンドのお氣に入り女優がスシュミター・セーンで、ラーニー・ムカルジーの名も台詞に登場…)

(c)Project One (Pvt) Ltd, Namak Films, 2008.
一方、沙漠地帯に暮らす人々の素朴な生活描写や祭りの風景が目を楽しませてくれる。
予算の都合もあるのだろうが、HDビデオ撮影のテレシネ(フィルム転換)ということもあり、時としてドキュメンタリーのような生々しい効果を得ている。
舞台となるナーガルパルカルは国境に程近く、ムサルマーンよりヒンドゥー人口の方が多い地域だ。
チャンパーは氣丈で、「子供からの手紙を預かってる」と偽って言い寄って来る行商に対して、夫や息子の安否を氣にかけていながらもあえて応じようとしない。
この強靱な氣質をラームチャンドは受け継いでおり、幼い身ながら大人に混じって刑務所でしたたかに生きてゆくのだ。

(c)Project One (Pvt) Ltd, Namak Films, 2008.
チャンパーの運命も切ない。何年も戻らぬ夫を捜しつつ、忘れようとし、もう死んだものとして腕いっぱいに通したバングルを外そうとしては、思いとどまる。ヒンドゥーであるが故に寡婦としての人生はないに等しい。そんな揺れる思いの中、仄かな想いを寄せ続ける行商との淡い恋愛関係に陥るのだ。
(いつしかチャンパーは行商に弁当を作って道端に置くようになり、行商はわざと団子をひとつ残して返す。それをチャンパーが食べるのは、不浄の観念の超えた共食の関係に至ったことを示す。古風なヒンドゥー社会にあっては、<プラトニック>以上の行為ともとれる)
チャンパーに扮するナンディター・ダースは、数々の国際的な女優賞獲得者だけあって、力強く待ち続ける女を演じ切る。
幼年期のラームチャンドを演じるサイード・ファザル・フサイン、カムラーに初恋の心情を抱く少年期ナヴァイド・ジャッバルもよい。
始めは邪険に扱いつつ、長い交流の末にラームチャンドへ親愛の情が芽生えるまでになるカムラー役のマリア・ワスティもなかなかに愛らしい。

(c)Project One (Pvt) Ltd, Namak Films, 2008.
幼いラームチャンドが<逮捕>されてしまうのは、テロの道具として容赦なく子供が利用される厳しい現実があるからだ。
そして、<国境>と言っても鉄条網などがある訳ではなく、ただ地面の上に白い石が点々と置かれているに過ぎない。どこまでも続く大地の上に。
国境にかけるスクリーン(13)「Ramchand Pakistani」を読む