逆レビュー（５）キリマンジャロの雪
ボリウッド的見地から非インド映画を鋭くレビュー。不定期連載の第５弾は現在上映中の「キリマンジャロの雪」を逆レビュー！
file.５ 「キリマンジャロの雪」（2011）
監督・脚本 ロベール・ゲディギャン
出演 ジャン＝ピエール・ダルッサン、アリアンヌ・アスカリッド、グレゴワール・ルプランス＝ランゲ
STORY
マルセイユの港湾労働者が解雇される人員をくじで決めている。選ばれた20人の中には組合長ミシェル（ジャン＝ピエール・ダルッサン）の名もあった。間もなく彼の結婚30周年パーティーが開かれ、所帯を持った子供たちから母マリ＝クレール（アリアンヌ・アスカリッド）の好きだった曲「キリマンジャロの雪」にちなんでアフリカ行きの航空券が贈られる。リストラされたものの、誰もに祝福された老夫婦にとってそれが徒（あだ）となろうとは。夜、強盗に押し入られ航空券やクレジットカードを奪われる難儀に遭ったのだ。そしてミシェルはふとした事から犯人を知り…。
Revie-U
老夫婦の平凡な日々が描かれた後、映画は犯行へ踏み出した青年クリストフ（グレゴワール・ルプランス＝ランゲ）へとスライドする。
彼はミシェルと同じ港湾の組合労働者で、やはり解雇されたのだった。ただ、クリストフには年の離れた幼い弟がふたりおり、親代わりに面倒を見なければならなかった。母親は家を飛び出し、時たま荷物を取りに戻るだけだった。
強盗で奪った金の使い道は滞納した家賃、女友達への借金返済、そして弟たちとディナーにハンバーガーショップへ。と、ここまでは格差社会が進む日本でも映画になりそうだ。
老夫婦が犯人の弟たちの世話を焼き始める後半、俄然面白くなる。
仕事を解雇された上、強盗に遭ったばかりか、元同僚のクリストフを告訴しなければならない心理的ダメージも負う。行動に出たのは、妻のマリ＝クレールだった。クリストフの両親に直談判しようと訪ねるも、残された弟たちが放置されている事を知り、毎日のように世話を焼きにアパートへ通う。
組合長だったミシェルは、解雇者をくじ引きで決めた事を悔やみ、出廷前のクリストフに援助を申し出る。しかし、社会的情愛に恵まれなかったクリストフはミシェルを信用せず、拒まれたミシェルは老後旅行の航空券を換金し、彼の弟たちへ手渡そうとする。
やがて、夫婦それぞれ互いには黙っていた善行を知る事になるスケッチは、実に映画的で頼もしい。
マリ＝クレールに扮するアリアンヌ・アスカリッドの顔立ちと声は、「キル・マイ・ボーイフレンド（未）」Ek Hasina Thi（2004）のウルミラー・マートンドカルを連想させる。ボリウッドでの女優生命は短いが、熟女として彼女の配役もよかろう。
ミシェル役のジャン＝ピエール・ダルッサンは頭頂の禿げた髭面だが、深く思いを巡らす姿から胸板を厚くする前のアジャイ・デーヴガンが最適。
そして、この作品を見て思い出すのは、東京国際映画祭で上映されたインド映画「テセウスの船」（2012）だ。「移植」をテーマにした三幕のオムニバス構成になっていて、終幕では内臓の移植手術を受けたネット投資家が自分に移植された内臓が盗品だったと知り、持ち主に返そうとする。ストックホルムまで臓器売買組織の代表に会いに出かけて行った投資家も、本作の元労働組合長も強盗を働いたクリストフに対して「なにか力になれる事はないか」と申し出る。
この果敢に人へと関わって行く姿はインド映画によるあるスタンスで、「Jab We Met（私たちが出会った時）」（2007）のカリーナー・カプールもお節介なまでに失意のシャーヒド・カプールへと関わって行く。
そればかりでなく、強盗に遭いながらも、犯行へと至らしめた背景を自分たちが行ってきた組合運動の失敗と捉え、クリストフに力を貸そうとするミシェルの考えは「自分の行いが自分へと返って来る」とする＜カルマ＞の教えに通ずる。
脚本・監督を務めたロベール・ゲディギャンがインド的なアプローチを念頭に置いたであろう印が実はあって、解雇されたミシェルが帰路、道路にあふれた水に流れる折り紙の船を手に取るとインド・レストラン「タージ・マハル」のチラシとなっていて、その晩、ミシェルは妻を連れ立って食事に行くのだ（日本国内で見るインド・レストランのそれと類似しているのが佳い）。
また、本作はヴィクトル・ユーゴーの「哀れな人々（レ・ミゼラブル）」に着想を得たというが、Ｏ・ヘンリーの「賢者の贈り物」から仕立てたアジャイ・デーヴガン＆アイシュワリヤー・ラーイ「Raincoat」（2004）に通じるのも嬉しい。
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