国境にかけるスクリーン vol.5 – Awarapan
香港。NRI(在外インド人)のシヴァン(イムラーン・ハシュミー)は、信任を得ているアンダーワールド(シンジケート)のボスからロンドンへと離れる間、愛人リーマ(ムリナーリニー・シャルマー)の監視を命じられる。彼女は人身売買組織に誘拐され香港へ運ばれたパキスタン人女性で、在外の同胞青年たちとしばしば密会していた。
ボスの命を受けたシヴァンがリーマを訪ねると、彼女は祈りの最中。用件を伝えた別れ際、掛けられた言葉が「フダー・ハーフィズ(神のご加護がありますように)」
遠く故国を離れ、荒んだアンダーワールドに身を置く主人公の心を揺り動かしたのは…。
神との絆を問い直すイスラームの波
Awarapan(放浪者)/2007
シヴァンは、西インド・ジョードブルのゴロツキであった。男を拉致し、警官に追われて市場に隠れた彼は、鳥売りの娘(シュリヤー・サラン)と出合う。酒を飲み、神を信じない彼に、娘は1400年前の故事を引き合いに出して語る。
「預言者ムハンマドはマッカとマディーナにいるどんな奴隷でも買い取っては解放して、奴隷はいなくなったの。あなたも20ルピーでこの籠から鳥を逃がせば、神は恩寵を示し、あなたの心は平穏を見出すわ」
純真な彼女の言葉が彼の琴線に触れ、シヴァンは拉致していた男を車のトランクから解放する。
やがて、シヴァンと娘は恋に落ちるが、やくざなヒンドゥーとの逢瀬を知った父親は娘を射殺し、自害したのだった。
近年、ボリウッドは世界展開するにあたり、ヒンドゥー色を自粛するようになった。一方で、ドバイやUKの在外パキスタン市場を意識してか、敬虔なイスラームの姿を多く描くようになってきている。
先の故事引用は、アンダーワールドに囚われたヒロインを救い出すだけでなく、心の拠り所を失った放浪者である主人公自身の救済をも表している。
イスラームとテロリズムが重ねられがちな中で、この作品で描かれる祈りの力を見ると、規範を失った欧米式のライフスタイルに見切りをつけ、イスラーム圏に住む若者たちの多くが信仰へ回帰する姿が理解できよう。
*フィルミー・ソングには、ムスタファー・ザーヒド、ラファーカト・アリー・ハーンなどパキスタン人ポップ・シンガーを起用。「何故信じようとしないのか/おまえと私の絆は古くからあるのに」という歌詞が心に染みる。
(すぎたカズト)
初出「パーキスターン No.217 2008/5」(財) 日本・パキスタン協会