国境にかけるスクリーン vol.10
2002年1月。カラチを訪れた「ウォール・ストリート・ジャーナル」の記者ダニエル・パールが何者かに誘拐された。記者でもある妻マリアンヌ(アンジェリーナ・ジョリー)は妊娠5ヶ月、ドバイへと向かう前夜のことだった。さっそくC.I.D(中央捜査局)の局長(イルファーン・ハーン*)が自ら陣頭指揮をとって捜査に乗り出す。9.11の後、イスラーム過激派の情勢取材を続け、各国をまわっていたダニエルは、本社が米政府に情報提供を行ったことからC.I.Aのスパイと間違われたのだった。マリアンヌらの願いも虚しく事態は最悪の局面へと向かう…。
ハリウッド映画を支えるイルファン・ハーンの魅力
「マイティ・ハート/愛と絆」A Mighty Heart/2007
2008年の年末から米映画界の話題をさらい、アカデミー賞8冠に輝いて日本でも注目を集めている「スラムドッグ$ミリオネア」。全編インド・ロケ、出演者はインド人のみのため、当初は全米10館という公開規模に過ぎなかったが「自国以外には感心が少ない」と言われるアメリカの観客がこぞって詰めかけ、後は一般誌でも報道されるアカデミー賞受賞フィーバーとなった。
大金を賭けたクイズ番組を勝ち進む少年に疑惑を持ち捜査にあたる警部を演じているのが、この「マイティ・ハート」でも警部に扮しているボリウッドの名優イルファン・ハーン*だ。「その名にちなんで」の父親、あるいは「サラーム・ボンベイ!」の手紙代筆屋を演じた、眼光鋭い、今風に<目力のある>男と言えば思い出される方も多いことだろう。近年はインドを題材にした<洋画>への出演が続き、「ぼくの国、パパの国」のオーム・プリー、「モンスーン・ウェディング」のナッスィールッディーン・シャーなどに続く国際派俳優として期待が高まる。
「マイティ・ハート」は、マリアンヌ・パールの手記を元にした実話が原作(潮出版社刊)ということもあってドキュメンタリー・タッチで再現されており、イルファンの役どころに余分な肉付けがされていないため、深みのある彼のチャームを味わうには物足りないが、国の威信にかけて捜査に臨む局長の姿は映画へ確かな迫真を与えている。
監督は、ちょうどこの事件のあった2002年にロンドンへ不法入国を試みるパーキスターン少年2人を実際にペシャワールの難民キャンプで暮らしていた少年をキャスティングして、やはりドキュメンタリー・タッチで作り上げた「イン・ディス・ワールド」のマイケル・ウィンターボトム。題材からして俳優たちの現地入りは困難となったが、代替のインド・ロケでカラチの風情再現に努めているのでパーキスターン通にはそのへんを見抜くのもひとつの見物であろうか。
(ナマステ・ボリウッド発行人/すぎたカズト)
*「ハーン」は「Khan」のウルドゥー読みをカタカナに置き換えた表記。インド、並びにヒンディーでは「カーン」となる。例:「マイ・ネーム・イズ・ハーン」My Name is Khan(2010)。
初出「パーキスターン No.222 2009/3」(財) 日本・パキスタン協会