追憶のボリウッド(1)ジャパニ・ガールと靴底
初めてボリウッドに出会ったのは、1991年5月の事。無論、インド映画界が幾つもの地方(言語)に分かれ、その代表格であるヒンディー語映画が「ボリウッド」と呼ばれている事など知る由もなく。
降り立ったネパールはカトマンドゥーのトリブヴァン国際空港は、ちょうど5月21日にインドのラジーヴ・ガーンディー元首相が爆殺された余波で、日本人というと「過激派」ではないか、と個室でボディチェックを受ける程の厳戒態勢を取っていた。
ご多分に漏れず、初めての南アジア旅行で体調を崩し、トレッキングをはじめあちこち予定していた旅程をすべてキャンセルして、結局1ヶ月ほどタメルの安宿ラッキー・レスト・ハウスに長逗留する事となり、雲仙普賢岳の火砕流もモノクロのTVで報じられるニュースで知った。
ネパールでも人々の多くはヒンディー映画漬けとなっていて、宿のボーイたちと仲良くなるにつけ(町で夕飯を食い逃した時などは彼らの住み込み部屋でタイ製インスタント・ラーメン「ワイ・ワイ」をご馳走になったりした)、こちらも次第にヒンディー映画の虜となってゆくのだった。
その頃、<インド映画の帝王>アミターブ・バッチャンがある映画のためにロケに来ていて、ネパールTVのインタビューに応えている映像には、数メートル先の小さなモノクロ画面からでさえ、その迸(ほとばし)るオーラに圧倒されたものだ。
また強烈な印象として残っているのが、ジャパニ・ガールが登場するスパイ映画。町をぶらぶら歩きに出ようとロビーに降り立つと、宿の主やボーイが画面に見入っている(時間帯からして東京12チャンネル=テレビ東京の「午後のロードショー」)。場所はどこだか判らないが海岸縁で、60年代のアメリカ車にベンチャーズ風のエレキなBGM。いかにもBグレードのスパイ物らしい。トドメは、敵のアジトであるクラブに潜入した主人公が事務所に忍び込んでヒールに隠し込んでいた探知機で何やら秘密の品を見つけ出す…。まさしく「インド映画」に相応しいチープなテイスト!
当然、作品名など覚えていなかったが、後々、この作品に再会する事となる。これは「Yamla Pagla Deewana(阿呆に馬鹿に恋狂い)」(2011)のダルメンドラ主演作「Ankhen(目=スパイ・アイズ)」(1968)であった。<ジャパニ・ガール>と説明されたヒロインは、インド・ネパールのハーフとされる50〜60年代にかけて人氣のあったマーラー・シンハー。ネパール人の中には日本人そっくりの顔立ちも多々見かけるので、日印ハーフという設定は頷ける。
序盤は日本ロケとなっていて、なんとダルメンドラとマーラーが鎌倉の大仏や日光中禅寺湖を訪れていたりする。残念なのは、その後、舞台はカイロへと移ってしまい、「007は二度死ぬ」ばりに日本でスパイ戦が展開される事なく終わってしまうのだ。期待していた例の靴底探知機はと言うと勘違いであった。人間の記憶がいかに移ろいやすいものか再認識した1本でもあった。
すぎたカズト/1964年生まれ、東京都出身。文筆創作業。1980年代末からライター業となり、劇画原作等にも手を染める。1991年、ネパールを訪れ、南アジア文化に触れる。日本で唯一のボリウッド映画専門情報誌『ナマステ・ボリウッド』主宰。共著『歴史奇譚集―三国志の不思議な話』(光栄)、『ちょっとキケンなひとり旅』(イカロス出版)、『三国志読本』(角川春樹事務所)他。イメージ福島実行委員会メンバー。90年代半ばに会津に暮らし、やり残した事への自戒をこめて福島の声を届ける『J-one(ジーワン)』を2011年より創刊。
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