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アッチャー・ソングス
jaa sanam
カマル・カーン
スニハー・パーント
tum
カマル・カーン
ye betiyan
ジャスピンデール・ナールラー
aha aha
ファルグニー・パタク
haye ram
アビジート
パメラ・ジャイン
dil leke
ウディット・ナラヤン
パメラ・ジャイン
chnnariya
ウディット・ナラヤン
スクヴィンダール・スィン |
Na Tum Jaano Na Hum /2002 02.08.05 ★★★★★
ナー・トム・ジャーノー・ナー・ハム
製作:ヴィヴェーク・シンガニア/脚本・監督:アルジュン・サブローク/台詞:プラティーバ・アチャルヤー/撮影:マノージ・ソニ/詞:アナン・バクシー/音楽:ラージェーシュ・ローシャン/背景音楽:ラージュー・スィン/編集:シリーシュ・クンデール/振付:サロージ・カーン、ヴァイバヴィー・メルチャント、ラージュー・カーン、アルジュン・サブローク/アクション:アッラン・アミン、コゥシャル・モーゼス
出演/サイーフ・アリー・カーン、リティック・ローシャン、イーシャ・デーオル、アローク・ナート、スミター・ジャイカル、アナン・デーサーイー、ラーティー・アグニホートリー、ラージシュリー・ソーランキー、ボビー・ダーリン
カメオ出演:プリティー・ジャンギアーニー
公開日:5月10日(上半期トップ7→年間15位)
48th FILM FARE AWARDS:最優秀女性新人賞
STORY
FM番組を介して名前を明かさないまま文通を始めたイーシャ(イーシャ)とラホール(リティック)。手紙を通してふたりの心は結びついてゆくが、互いに文通相手だと知らずにイーシャとラホールは出会っていた。一方、ラホールの親友アクシェイ(サイーフ)は、色恋が過ぎて女難続き。母の友人の娘であるイーシャとの縁談がまとまるが、ラホールは後から彼女こそ文通相手だと知って・・・。
Revie-U *結末に触れています。
「Kaho Naa..Pyaarr Hai(言って・・・愛してるって)」(2000)がリティック・ローシャンをスターダムに押し上げるため用意周到に準備されたのと同じように、本作はデビュー2作目にあたるイーシャ・デーオルの魅力を存分に引き出すよう計算されたかのような印象でを受ける(冒頭、リティックの父ラーケーシュ・ローシャン、イーシャの母ヘーマ・マーリニーに謝辞が掲げられている)。
なにしろ、デーオル家の秘蔵ホーム・ムービーから始まって、おさげの女子高生姿(!)、ボーイッシュなコメディエンヌぶり(!!)、そしてドレスを着こなす大人の女まで(!!!)、ありとあらゆるイーシャを見せられるのだ。
さて、物語はシムラーにある寄宿学校を卒業したイーシャが家に帰ってくるところから始まる。家族の再会が手短に描かれた後、クリシュナ神に祈りを捧げる祖父がイーシャに「信じる」とはどういうことかを諭す。これが、本作のテーマになっている。
彼女は親友のリーヤと妹たちに「恋をしてる」ことを告げ、得意げに「彼」からの手紙を見せる。在学中に人気DJビンゴの生放送でイーシャが恋人募集を宣言。さっそく電話をかけてきたのが、その「彼」だった。
しかし、彼女は顔合わせの日にラジオ局へは現れず、代りに一通の手紙を託した。この出会いが信じられるまで、互いの名前も顔も伏せて文通することを選んだのだった。こうして、匿名の恋愛が始まった。
その「彼」が、言わずと知れたリティック扮するラホール。職業はファッション・カメラマンで、親友のアクシェイ一家と豪邸に暮している。リティックはまだデビュー3年目ながら、10年選手のサイーフ・アリー・カーン(タイトルビリングはトップ)を向こうにまわし余裕の芝居を見せる。
サイーフはと言うと、Film Fare Awardsコメディロール賞を受賞した「Dil
Chahta Hai(心が望んでる)」(2001)同様、ボンボンのプレイボーイ役。彼氏付きの女の子をナンパして追っかけられたり、セクシー水着モデルを口説いたりと忙しい。役名が、アクシェイというのが笑える。
学校を卒業したものの、イーシャは進学せずに家業を手伝う。といっても、デパート経営というところがボリウッド。ちなみに、このデパートが本作に資金提供しているPantaloon(外観はプネー店)。40年間続いた織物商から、内外のトップブランドを集めたデパートに転進。現在は、インドの大規模小売業で5本の指に入るメジャーである。
イーシャは、カタログ撮影にファッション誌で活躍しているカメラマンのラホールを招こうと、オファーの電話をかける。もちろん、彼が「彼」だとは知らない。しかし、ラホールは撮影場所が北インドのディラドゥーンだと聞いて「来年ならいいけど」と断ってしまう。
ところがその晩、ラホールの方から撮影に行けると電話をかけ直すのだ。
このディラドゥーンのシークェンスは、なかなか楽しい。
リーヤのカレッジでのパーティーに誘われたイーシャがテキーラ混入パンチを飲まされハメを外してしまいそれをカバーするラホールとのダンス・シーン、MTVの撮影(ロケ地はムスーリーという設定)で急遽ふたりが主役に抜擢されるミュージカル・ナンバーのパロディー・シーンなどなど。
イーシャとラホールは「友情」を深めてゆくが、ふたりは恋に落ちたりはしない。互いに「文通相手」がいるからだ。ラホールがイーシャの家を訪ねた晩にも、「彼」からの手紙と贈り物の複葉機が届き、彼女はラホールそっちのけでリーヤと出て行ってしまう。
ここで、ラホールがその手紙を見てしまえば、自分が書いたものとわかってしまうが、手紙はイーシャたちだけの秘密になっているのでそこはうまく処理されている(もっとツッコむこともできるが、それは野暮)。
やがて、この「友情」にも亀裂が入る。
縁談の持ち上がったイーシャがラホールのゲストハウスを訪ねると、留守電にかかったアクシェイのメッセージを聞いてしまい、この縁談にラホールが関与していたことを知る。
それ自体は母親同士が友人であった縁なのだが、アクシェイはタニヤというガールフレンドに求婚されてウンザリしたばかりだったので大いに嫌がり、急遽ラホールが偵察がてら(?!)派遣されることとなったわけだ。一度断った仕事をラホールの方から申し出た背景にはそういう経緯があったのだった。
いよいよ見合いの席。もちろんイーシャは、アクシェイとの結婚を望まない。祖父たちを説得しようにも、「彼」の顔も名前もわからないでは話にならない。彼女は、その当日に「彼」に現れるよう手紙を送っていた。
しかし、現れたのは見合いの相手であるアクシェイである。手紙は間に合わず、この時、ラホールはひとりスカッシュをしている(この設定も適切で感心させられる)。
そこへアクシェイが血相を変えてやってくる。見合いの結果は?! アクシェイは、いきなりラホールに抱きついて頬にキッス! 「最高!」というわけだ。このシーンもダラダラと台詞が続くわけでなく、大喜びで報告するアクシェイにアップテンポの劇伴が被せられ、実にスマート。古くはヒッチコックが「北北西に進路を取れ」(1959=米)で用いた省略のテクニックである。
男同士で抱きあって喜ぶふたりを見たオカマ君がヤキモチを焼くのも笑える。
親友の見合いに刺激を受けたラホールは、いよいよ「彼女」に会うべく手紙を出す。それをリーヤが届けに来たのは、婚約披露パーティーの晩だった。イーシャはパーティーを抜け出して指定された宮殿へ出かけるが・・・。
この時、先に「彼女」の素性を知ったのは、ラホールの方であった。待ち合わせの目印は贈り合ったプレゼントだったが、彼が贈った複葉機の模型を手にしていたのは他ならぬイーシャだった。友情を重んずるラホールは、ベンチで待つイーシャに気付かれぬよう彼女がプレゼントしたぬいぐるみ人形を置いて立ち去る。
場面は、婚約パーティーに戻る。結果的にとはいえ親友のフィアンセが「彼女」だったと知ったラホールはショックを隠せない。イーシャも、あれほど想い焦がれた「彼」が姿を見せずにプレゼントを突き返したことに意気消沈している。そして、皮肉にも家族同然のラホールから婚約指輪を彼女に渡すよう促される。
ここでアクシェイが「彼女が幸せそうに見えない」と言い出す。タニヤの時は母親のことをデタラメに言って話を流してしまったが、今の彼はイーシャにゾッコンなのだ。ただ、アクシェイというキャラクターは女好きだけれども「結婚には愛が必要」と考えているのがポイントとなっている。
後半のラホールは、縁組みの渦中にありながら身を引かなければならない辛い立場となる。「DDLJ」(1995)における恋人の結婚式に乗り込んだラージとは対照的だ。
ここでピンと来るのが、脚本・監督のアルジュン・サブロークが実は元俳優志望で、なんと「DDLJ」にカラン・ジョハールとヨーロッパ卒業旅行へ行くシャー・ルーク・カーンの友人役で出演していたということだ(本作でも、ディラドゥーン駅へラホールを出迎えに行ったアナを呼び止める役で登場。スバーシュ・ガイーやM・ナイト・シャマランなどインド人監督は出たがりが多い??)。
してみると、主人公が見合いの相手を差し置いてヒロインのところへ出向かされるのは「DDLJ」の焼き直しである「Pardes(他国)」(1997)のアルジュンを想わせるし(ヒロインに会った途端に想いを寄せてしまうが・・・)、友情で結ばれながらも愛とは気付かない前半の設定は「KKHH」(1998)ともいえ、なにやら系譜が見えて面白い。
後半、ラホールが涙目になってゆくが、これもリティックのシャー・ルーク化であろうか?(ひと足前にリリースされた「Aap
Mujhe Achche Lagne Lage」でもやたら早口だったし)。
インドの結婚はやたらとパーティーが開かれるが、今度はアクシェイの住むボンベイでの婚約披露パーティーとなる。ところが、会場となるホテルのエントランスでアクシェイはタニヤともうひとりのガールフレンドにバッティングして足早に退散してしまう。
後に残されたラホールの前に、恥じらいながらミニドレスを着たイーシャが現れる。ふたりはちょっとドライブに出かけるが、カーラジオから懐メロ・フィルミーソングが流れると、ふたりの心に染み入るのが判る。「kya
yehi pyaar hai(これは恋?)」という歌詞は、FMの生放送に「彼」が電話してきた時の彼のリクエスト・ソングだ。
カットが変わり、曲は激しいロックに打ち消される。信号脇で駐まっていたゴロツキどものカーステだ。リーダー格の男がイーシャにちょっかいを出そうとする。その場を離れたものの、ラホールは納まらない。涙をこぼすイーシャを見るや、彼は逆走してゴロツキたちの下へ向かい彼らを叩きのめしてしまう!
イーシャへの想いが抑圧されているがゆえの爆発だ。第一幕では、ナンパした女の子の彼氏に追われたアクシェイの巻き添えを喰って青タンを作ったラホールだけに、この時の彼の怒りが倍増して感じられる。
場面は、パーティー会場となる。集まった客たちにふたりの婚約が発表され、アクシェイとイーシャが踊る。イーシャは、ミニドレスが気になって何度も裾を引っ張っていたものだから、踊っている最中に背中のジッパーがどんどん降りてくる。それに気付くのは、彼女を見詰めているラホールだ。
アクシェイがひとりノリノリになっているすきに、イーシャを抱き寄せると黙ってジッパーを引き上げてゆく。この無言のシーンが実にいい。
と同時に、このシーンは雄弁にラホールの気持を語っている。というのも、このミニドレスはアクシェイが彼女に贈ったもので、やたらと露出度が高いのも彼の期待が込められているからだろう。それでいてこのドレスは、ファッション・ショーを撮影中のラホールに相談していたアクシェイがその場で買い込んだことになっているから、今回の見合いの件のようにそもそもがラホールがらみなのである。そして、「彼」へ想いを抱きながらも、ずるずると結婚の段取りが進んでしまうイーシャの状況は、まさに脱げ落ちんとするドレスそのもの。それをラホールが修復しようとする、そんなメタファーとしてこのシーンが読み取れる。
黒いジャケットに清潔感を漂わせる白いカラーのリティックが、実にクール。映画史に残るべき名シーンと言えよう。お決まりのボリウッド恋愛映画でありながら、大人の映画となっているのが佳い。
「ありがとう」とひと言いって、イーシャはダンスへ戻ってゆく。ここでラホールの想いであるミュージカル・ナンバー「tum(君)」に。片想いの切なさだけあって、定番の雪山ロケ(カナダ)である。
ダンスが終わると、婚約に乗り気ではないイーシャがやってきて「ここから連れ出して」とラホールに言う。心の中では彼女に想いを寄せながらも、表層意識では親友の結婚をぶち壊すことはできない。ラホールはわざとウエイターにぶつかって、イーシャとアクシェイの服を濡らさせ、ふたりを着替えに帰らせてしまう。
家に着いたイーシャはアクシェイに「結婚はしない」と宣言。愛が抱けないこと、愛している「彼」がいるけれど名前も、どこの誰かも知らないと告げるのだ。
翌日、彼女は「彼」のことを聞き込むため郵便局を訪ねるが、何も聞き出せない。入れ替わりに、ラホールが私書箱の解約にやって来る。最後に私書箱をチェックするように言われ、蓋を開けてみると、一通の手紙と彼が返したはずの人形が置かれていた。
手紙を読むラホールのところへアクシェイがやって来る。「彼女は名前も知らない男を愛してると言うんだ。信じられるか?」と嘆く。いたたまれなくなったラホールは、完全に身を引く決意をし、彼女に別れの電話をかける(ふたりは一度だけFMを介して声を聞いていて、その時話していた水上飛行機の波止場からラホールは電話している。そのため飛行機が彼のモチーフとなっている)。せめて名前を聞かせて、と言うイーシャに、「君は僕の名前を知っている」とだけ言う。
この後、ミュージカル・ナンバー「jaa sanam」となり、ラホールはアクシェイの家を去ってカナダへと渡り、イーシャとラホールの結婚式が綴られる・・・。
4年後。バンクーバーで、インド系カメラマンのラホールによる写真展がリッチモンド・ショッピングモールで開かれる、とTVが告げる。
写真展の準備が行われるショッピングモールでは、旅行に来たアクシェイがラホールの名をつけた男の子を追いかけている。ぶつかった子供を抱き上げたラホールが、その子の父親がアクシェイだと知る。では、母親は? 「ママ!」と子供が呼ぶ。ゆっくりと振り返るラホールの目に映ったのは、タニヤであった。
結局、アクシェイはイーシャとは結婚しなかったのだ(観客が見せられたのは、ラホールの悲観的な「想い」だった!)。
「イーシャは、あの男に完全にフラれたよ」と告げるアクシェイは、ラホールの肩越しに運ばれる彼女が写った大パネルを見て、すべてを知る。
それは、大学のパーティーでイーシャが酔っぱらった翌日、「おじいさんには言わない」約束の代わりに花嫁衣装を着せた彼女をフォトセッションした時の写真だった。そのシーンでのイーシャは、まるっきりふざけまくっていて、これがエンディングの伏線だとは微塵も感じさせなかった!!!
急遽、インドへ戻ったラホールはイーシャの家を訪ねるが、またしても運がないことに結婚式の真っ最中であった。ただ、新郎新婦は彼に背を向けていて誰だか判らない。
立ち尽くすラホールの背後から、菓子盆を持ったイーシャが姿を表す! そして、何かを感じた彼女が振り返る。そこには、懐かしいラホールの姿があった。彼はちょっと哀しそうな表情のまま、ジャケットの内側からあのぬいぐるみを取り出してみせる。走り寄るイーシャに言う。
「君は僕の名前を知っている」と・・・。
世界中でeメールが飛び交うこのご時世に「文通」とは、いかにもクラシックに思えるが、やはり手紙の方がロマンティックだろう(今風の女の子らしく、イーシャの書くデーヴァナーガリーもまる文字である)。
IT大国インドだけに、すでにインターネット・ラヴストーリーは「Dil
Hi Dil Mein(心こそ心)」(2000)で試みられているが、eメールをやりとりするにも一々コンピューターの前に張り付かなければならないし、もしインドでiモードが普及していたとしても、一々親指を動かしていたら興醒めだ。
その点、手紙は送った方と届く方の時間差がそれなりにあって、物語にも効果が出せる。
リティックは、本作のストーリーを聞かされた時、一発で気に入ったという。
監督アルジュンは、ヤーシュ・チョープラの「Vijay(勝利)」(1988)より俳優からスタッフワークへ移り、アディティヤ・チョープラのアシスタントを務める一方、テレフィーチャー、CMなどの演出を手掛けた。本作が劇場用映画の初監督となるが、ストーリーと演出の手腕はアディティヤより上。まあ、毎回ボリウッドの新人監督には感嘆させられる。
音楽のラージェーシュ・ローシャンは、リティックの叔父にあたり、本年のリティック作品2本の音楽を担当。まさかバーターで起用されたわけではないだろうが。オープニング・タイトルバックの「ye
betiyan」、ラスト前の別れ「jaa sanam」、パーティーでラホールの想い「tum」など耳に残る。しかしながらマイナー・バラードが多く、「KNPH」や「Kya
Kehna!(まあ、素敵!)」(2000)のような明快な楽曲がないのがさびしい。
背景音楽のラージュー・シンも上出来。
編集は、「Aankhen(盲点)」(2002)のシリーシュ・クンデール。登場人物のエモーションを巧みに拾い上げ、絶妙なモンタージュを見せる。
サポーティングは、イーシャの祖父役に「Hum Tumhare
Hain Sanam(私はおまえの愛しい人)」(2002)のアローク・ナート。
イーシャの伯母マヤ役は、「Yaadein(思い出)」(2001)でカリーナ・カプールの亡き母役だったラーティー・アグニホートリー。オープニング・タイトルバック「ye
betiyan」で踊る仕草は、イーシャより遥かに艶っぽい。
アクシェイの母親に「Phir Bhi Dil Hai
Hindustani(それでも心はインド人)」(2000)でジュヒー・チャーウラーの母親役だったスミター・ジャイカル、父親に「Yaadein」、「Ek
Rishtaa(関係:愛の債券)」(2001)のアナン・デーサーイー。
ディラドゥーンの駅に降り立ったラホールを出迎えるセクシー・モデルのアナは、「Joru
Ka Ghulam(情熱の奴隷)」(2000)でトゥインクル・カンナーの姉妹パールヴァティー役だったラージシュリー・ソーランキー。ハスキー・ヴォイスのため、「Ghulam(奴隷)」(1996)のラーニー・ムカルジー同様に「JKG」ではアテレコだったが、今回は麗しき地声(?!)で打って変わってのファンキーなマダムぶりを見せる。
また、ラホールとアクシェイが映画館でデートする相手役に「Mohabbatain(愛)」(2000)のプリティー・ジャンギアーニーがカメオ出演している。
イーシャの親友リーヤは、どう見てもローティーンだが、飛び級だろうか?
これだけしっかりした作品ながら上半期トップ7に留まったのは、リティック&アミーシャの「KNPH」コンビによる「AMALL」が遅れに遅れて本作の半月ほど前にリリースされたことが大きいだろう。
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*追記04.11.04
イーシャとラホールがプロモ撮影で急遽代役として借り出されるシーンで使われるフィルミーソングは、ウディット・ナラヤンの大仰な歌い方からして今回わざわざレコーディングしたものだと思われるが、マイナー映画「Le
Chal Apne Sang」(2000?)の「dil ne pukara janam aa gaye hum」の一節にそっくり。プレイバックは同じくウディットとアルカー・ヤーグニク。「LCAS」の音楽監督は、ラーム・ラクシュマンなのであるが、ちょっとした遊びであろうか。
なお、イーシャがコスプレ?してみせる懐メロ・ナンバーは、現在のところ調査中。おそらく、彼女の母親ヘーマ・マーリニー絡みの作品ではないかと睨んでいるのだが。
*追記06.04.22
イーシャーの親友リヤー役は、なんと実の妹アハナー・デーオルと判明。母親はヘーマ・マーリニーで、父親はもちろんダルメーンドル! 抜群なコメディエンヌぶりを発揮しながら、今のところ女優になる氣はないようで、フィルモグラフィーは本作のみとなっている。学業を終えてから本格デビューするかも??
イーシャーがコスプレしてみせるナンバーは、どうやらダルメーンドル出演作のものらしい(目下、調査中)。
*追記06.07.16
ラホールがFMにリクエストし、また婚約披露宴前にイーシャーとドライブ中に思いがけずかかるムーディーなナンバー「kya yehi pyaar
hai」(ラター・マンゲーシュカル&キショール・クマール)は、なんとサンジャイ・ダットのデビュー作「Rocky」(1981)からの引用。
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