アッチャー・ソングス
humko maaloom
hai
ソーヌー・ニガム
サーダナ・サルガム
jaaane ke jaane na
ソーヌー・ニガム
スクヴィンダール・スィン
クリシュナ
ajnabi syehar
ソーヌー・ニガム
sau dard
ソーヌー・ニガム
スザンヌ
udh jaana...bro!
クナール・ガンジャワーラー
アドナン・サミ
スニディー・チョハーン
kubool kar le
ウディット・ナラヤン
ラホール・ヴァイドヤー
アミット・サナ
プラジャークタ・シュクラ
モナリ・タークル
スザンヌ
humko maaloom hai
ソーヌー・ニガム
サーダナ・サルガム
club mix by DJ shane〜
jaane ke jaane na
ソーヌー・ニガム
スクヴィンダール・スィン
クリシュナ
sau dard
ソーヌー・ニガム
スザンヌ
udh jaana...bro!
クナール・ガンジャワーラー
アドナン・サミ
スニディー・チョハーン |
Jaan-E-Mann(我が命-愛しき人よ)/2006 ★★★★★ 06.10.20UP,
06.10.31RE
ジャーネマン
製作:サジード・ナディアドワーラー/脚本・編集・背景音楽・監督:スリーシュ・クンデール/撮影:スデープ・チャッタルジー/作詞:グルザール/音楽:アヌー・マリク/振付:ファラー・カーン/美術:サブー・シリル/アクション:マヘンドラ・ヴェルマ
出演:サルマーン・カーン、アクシャイ・クマール、プリティー・ズィンター、アヌパム・ケール、ナワーブ・シャー
公開日:10月20日
日本公開:10月22日 東京・科学技術館サイエンスホール
STORY
スーパースターを夢見るスハーン(サルマーン)はキャンパスのマドンナであるピヤ(プリティー)と駆け落ちするが、映画スターへのチャンスを掴もうとしたあまりに家を飛び出し、戻ってみればピヤはすでに去った後だった。時は流れ、スハーンの下に離婚届と慰謝料50ラークの請求書が届く。愕然とする彼のアパートメントに、大学時代に彼女と恋していたというアガスティヤ(アクシャイ)が現れて・・・・。
Revie-U
10月20日。インドの大祭ディワーリーを祝うべく、シャー・ルク・カーンの「Don(ドン)」、アイシュワリヤー・ラーイの「Umrao
Jaan(ウムラオ・ジャーン)」というふたつのリメイク大作と日を同じくして世界同時公開される、サルマーン・カーン、アクシャイ・クマール、プリティー・ズィンター主演「Jaan-E-Mann(我が命-愛しき人よ)」。
そのわずか2日後の22日、本作は日本でも東京・科学技術館サイエンスホールにて、英語字幕入りという形でフィルム上映される!
(ZEE TVのインタビューでプリティーが日本公開を告げたことで、在日NRIの中でも話題騒然!)
脚本・編集・背景音楽・監督は、「Yeh Raaste
Hain Pyaar Ke(愛の道標)」(2001)で編集に昇格し、「Aankhen(盲点)」(2002)、「Na
Tum Jaano Na Hum」(2002)、「Paisa Vasool(現金をつかめ)」(2004)など秀作・佳作に携わったシリーシュ・クンデール。シャー・ルクが自社製作した「Main
Hoon Na(私がいるから)」(2004)ではサウンド・デザイナーも兼任していた。
実はこの作品で監督デビューを果たしたトップ・コレオグラファー、ファラー・カーンと2004年9月に結婚し、続いてシリーシュの監督デビューがアナウンスされていたが、これが本作なのであった。
もちろん、ファラーは本作でも振付を内助の功で担当。彼女は1990年代よりシャー・ルク作品の多くを手がけ、初監督作「MHN」が年間トップ1ヒットとなった他、かのA・R・ラフマーンが音楽を担当したロンドン・ミュージカル「Bombay
Dreams」の振付で、2004年度トニー賞コレオグラファー部門に、またミーラー・ナーイル監督によるコスチューム劇「悪女」(2004=英・米/ビデオ発売)がヴェニス映画祭金獅子賞にノミネートされている。この秋、日本でも公開されるピーター・チャン監督作品「ウインター・ソング」(2005=台湾)では、主演の金城武に振付を施すなど国際的な活躍が目覚ましい。本作では「MHN」の妄想性をより発展させた、大胆かつ幽玄、華麗にしてダイナミックなファラー・ワールドに酔い痴れること請け合い!
音楽は、やはり「MHN」を手がけ50th Film
Fare Awards音楽監督賞を受賞したヒットメーカー、アヌー・マリクをフィーチャー。
さらに、「MHN」以上の繊細な仕事ぶりを見せるサブー・シリルの美術も味わい深い。
これらの布陣で製作に臨んだのは、「MHN」と賞を争ったサルー&アッキー主演「Mujhse
Shaadi Karogi(結婚しようよ)」(2004)の敏腕プロデューサー、サジード・ナディアドワーラーである。前作でデビュー15年間未共演だった癖のあるサルー&アッキーを初顔合わせさせただけでも功績と言えよう(彼の先妻は不慮の死を遂げ今もインド人の間で慕われる美人女優デヴィヤー・バーラティーで、製作作品では毎回プロダクション・バナー前、冒頭に在りし日のデヴィヤーへ追悼が捧げられてきた。ただし、日本上映ではセンサーボードと追悼はカットされている)。
そして、撮影はサルマーン主演「Lucky」(2005)で、まるで絵画のようにロシアの風景を切り取ってみせた名手スデープ・チャッタルジー。今回はパンフォーカスやデジタル合成を駆使し、マジカルなまでに美しい数珠玉の映像世界を作り上げている。
助演は、「シャー・ルク・カーンのDDLJラブゲット作戦」Dilwale
Dulhaniya Le Jayenge(1995)や「ベッカムに恋して」(2002=英)で父親を演じ、今年のアジア・フォーカス福岡映画祭にて観客賞を受賞した「私はガンディーを殺していない」Maine
Gandhi Ko Nahin Mara(2005)を製作・主演した名優アヌパム・ケールが思い掛けない形(!)でスハーンの伯父役に挑戦しているのも見物。
ただ、脇役ファンとしては彼以外に知られたボリウッドの役者があまり起用されておらず、ピヤの兄に「Escape from Taliban」
(2003)でマニーシャ・コイララの薄情な夫役ナワーブ・シャー程度というのも物足りなくもあるけれど。
また米国ロケにあたっては、奇しくも前日10月21日に東京国際映画祭で上映されるカラン・ジョハールの新作「さよならは言わないで」Kabhi
Alvida Naa Kehna (2006)と同じエージェントだったのか、かなりのアメリカ人俳優が両作に起用されている。このへんはファラーとも親しく、「MHN」でシャー・ルクの衣装デザインを担当したカランからの紹介であろうか。
シャー・ルクと言えば、当初、シリーシュはアガスティヤ役に彼をイメージしていた。この配役が実現していれば、サルマーンとシャー・ルクの本格的な共演は「カランとアルジュン」Karan
Arjun(1995)以来となったが、「MSK」に引き続くサルー&アッキーのアブナイ競演も嬉しい限り。そして、なによりボリウッドの新作がインド人観客と共に味わえるのも大いなる至福である。
新作映画に過去の名作や名曲のタイトルを<復刻>させるのが、すっかりボリウッドで定着しているが、ペルシア式の文語的な言い回しで狂おしい熱情を謳いあげる「Jaan-E-Mann(想い焦がれる愛しき人よ)」も、監督のシリーシュが編集を担当した「MHN」で大学に潜入したシャー・ルークが生き別れた義弟役ザイェード・カーンを探す背景に流れていた懐メロ・ナンバルの曲名。
名監督ラージ・カプールの長男ランディール・カプール(あるいは、カリシュマ&カリーナ・カプールの父)と若きジャーヤー・バードゥリー(アミターブ・バッチャン夫人)共演の「Jawani
Deewani(若さの情熱)」(1972)からの引用である。 作詞はアナン・バクシー、作曲はR・D・バルマン(アーシャー・ボースレーの亡夫)、どちらもフィルミー・ソングの大家だ。オリジナルのプレイバックは、これまた名歌手としてボリウッド史上に名を刻むキショール・クマールとレコーディング最多記録保持者としてギネスブックにも載ったことのあるラター・マンゲーシュカル(アーシャーの姉)であった。
「MHN」でカバーしていたのは1990年代以降、男性プレイバックシンガーの雄として知られるアビジート。彼は1995年頃に発売されていたCD「Bollywood
Mix」(T-Series)の中でもディスコティークにアレンジされたこの曲をアヌラーダー・パウドーワルとデュエットしている。
また、シリーシュはよほどこの曲と縁があるのか、また好みであるのか、彼が編集を担当した「Calcutta Mail(カルカッタ・メール)」(2003)の中でも、やはり主演のアニル・カプールが人を探すシーンで新規カバー曲が用いられている。
本作のフィルミーソングであるが、作詞は、脚本家・監督として多くの作品を世に出し、ボリウッドの世界で名誉とされる作詞家に転向し、本年はシェークスピアの「オセロ」を映画化した「Omkara(オームカーラー)」(2006)にも提供しているグルザールに発注。
サルマーンの口上で始まるファースト・ナンバル「humko maaloom hai」は、リリカルなメロディーだけでなく、フィルミーソングならではの多様なアレンジが心を解してゆく。
さすらう想いを西部劇主題歌風に仕上げた「ajnabi syehar」も、ソーヌー・ニガムの美声が心地よく耳を潤してくれる。本作で最もプレイバックが多用されている彼は、発売元であるT-Seriesの故グルシャン・クマールに発掘され、男性プレイバックシンガーのトップとして活躍、ナイーヴなマスクも手伝って「Love
in Nepal」(2004)では主演を果たしている。
ロック・チューン「udh jaana...bro!」のクナール・ガンジャワーラーは2004年にデビューし、その粘り着く美声から「Murder」(2004)で男性プレイバックシンガー賞を総嘗めにしたばかりか、栄誉あるFilm
Fare Awards R・D・バルマン賞も受賞。これに、低音の魅力からキング・オブ・バラードと謳われるアドナン・サミ(やや調子っぱずれであるが)、そして現在、最も売れている女性プレイバックシンガーのスニディー・チョハーンの歌声が楽しめる。
*追記 06.10.31
さて、これからがお待ちかねのストーリー。
冒頭、まだ黒みの画面のうちに意表を突いて流れるは「美しく青きドナウ」。やはり、場面は宇宙ステーションの中でワルツを踊る宇宙飛行士が。
ボリウッド映画人は実に様々なハリウッド映画を観ていてそこから引用してくるけれど、シリーシュが「2001年宇宙の旅」(1968=米)までチェックしているかと思うと(かつての一般)映画好きとして嬉しい。
ここで登場するのは、アクシャイ扮するアガスティヤ・ラーオ。NASAのアストロノーツという設定は「Swades(祖国)」(2004)のシャー・ルークを超える?役柄。アッキーのアガスティヤという役名は「Waqt(時)」(2005)に続くものだが、地球を見下ろす宇宙空間から使われると意味深に思える。
もっとも、リリース直前までラボの作業が続いていたのか、遊泳シーンのワイヤーがワンカットだけ消し忘れていたのはご愛嬌(こういうミステイクはどこの国の映画でもしばしばあって、公開途中で修正されたり、DVD発売時に「仕上げ」られたりする)。
このアガスティヤが相方の、ブロンドのかつらで下手な英語吹き替えをしゃべる背中を向けた女宇宙飛行士に地球の思い出を語り、物語が始まる。
続く場面は、これまた意表を突いたモノクロ映像。それも1970年代のFilm Fare Awards 授賞式で、アミターブ・バッチャン、ダルメーンドル、アムジャド・カーン、ヘーマ・マーリニー、サンジーヴ・クマールら「炎」Sholay(1975)のメンバーはもちろん、ディリープ・クマール、シャンミー・カプール、マノージ・クマール、ラージェーシュ・カンナー、ランディール・カプール、シャトルガン・スィナーなど名だたるスターの顔が映り、ステージに上がってミーナー・クマリからブラックレディー・トロフィーを受けるのが、サルマーン演ずるスハーン・カプール。
周知の通り、「フォレスト・ガンプ/一期一会」(1994=米)からのお遊びで、ボリウッドではアジェイ・デーヴガンの父ヴィールー・デーヴガンが監督した「Hindustan
Ki Kasam(インドの誓い)」(1999)でもイタダキ済み。ヴィールーはこの作品でアミター・ジーをデジタル処理で片腕にしていたが、シリーシュはスハーンの伯父役アヌパム・ケールを短足の小男に仕立てている。
やがて、スピーチ中に彼の携帯が鳴って、このシーンもボリウッド・オープニング定番である夢のシーンと判る。シリーシュは一歩、妄想性を進めて、バックグラウンドの夢に<現実>のスハーンをダブル・インサートしていて、この語り口がこの後も印象的に用いられる。
スハーンはスーパースターを夢見ている若手?俳優で、学生時代に駆け落ち婚したピヤはとっくに彼の下を去っていて、今となっては離婚届と慰謝料50ラークの請求書を送り届ける間柄。
そして、スハーンの引導でピヤとの熱愛と別離をフラッシュバックで語るのが哀愁ナンバル「humko maaloom hai」(ソーヌー・ニガム&サーダナ・サルガム)に突入する。ナンバル中、一瞬、プレーム・チョープラがカメオ出演していたりするので目が離せない。
ファラー・カーンの振付は、スハーンのスター街道物語に合わせて往年のハリウッド・ミュージカルをリスペクトする一方で、さらなる躍動をかき立てる。これを見ると、ボリウッドのフィルミーソングが単に洋画でヒット・ポップスがはめ込まれているのと異なり、ストーリー・テリングに大きく寄与し、それだけに観客の心を掴むべきものであるのが判るだろう。
さて、売れない俳優の身にとって莫大な慰謝料に頭を悩ますスハーンと伯父が、バルコニーから天に向かって祈っていると、訪ねて来るのが先のアガスティヤである。この時、彼の頭の上に天使の輪が輝いていて、アガスティヤ役にアクシャイではなくシリーシュの想定していたシャー・ルークがキャスティングされていたら、「MHN」のパロディーがより強調されたことだろう。
不意の来客アガスティヤは、学生時代の恋人(!)ピヤを訪ねて来たと告げ、これまた回想のキャンパス・シーンへ誘う。
アクシャイはキング・オブ・アクションの異名をとる身ながら、何故かサラリーマン・カットの刈り上げ(本人はクルー・カットのつもり?)なのだが、今回は特にダサい役柄とあって7・3分けにしているばかりか、学生時代ともなると遠視眼鏡に反っ歯の矯正、そしてアフロヘアと「オースティン・パワーズ」(1997)ばりの役作りを見せる!(震えるバカ笑いが会場のインド人観客に大受け!)
無論、アガスティヤは高嶺の花であるピヤに想いを抱くだけで、ピヤはスニールに首ったけなのであった。
洋画からの引用が随所に見られる一方で、「友達であるならば、詫びの言葉も礼の言葉も要らない」と言ったインド人らしさを伝える台詞や、それぞれの登場人物が過去を語る時、それらのエピソードが実はリンクしているシリーシュの脚本構成から、物事にはそれぞれの見方があるという東洋的なものが根づいていることも興味深い。
この後、「MHN」の妄想楽団をよりステップ・アップしたカッワーリー・ナンバル「jaane ke jaane na」(ソーヌー・ニガム、スクヴィンダール・スィン&クリシュナ)を経て、スハーンと伯父はアガスティヤを唆し、ピヤと再婚させて慰謝料を免除させようと画策。
後半はNYが舞台となり、恋の誘導者としてスハーンがアガスティヤにコーチングしてゆくわけだが、これもシャー・ルークを当て込んで書かれた、「Kal
Ho Naa Ho(明日が来なくても)」(2003)の裏返しとも言える。もっとも、サルー&アクシャイとなったことで、ピアのアパートメントの向かいにふたりがフラットを借りる設定が「MSK」を追想するようでこれまた楽しい。
(つづく)
*08.6.09 追記
サルマーン・カーンの口上で始まる回想ナンバル「humko
maaloom hai」のイントロ・ドラミングは、シリーシュ・クンデールとファラー・カーンが思い入れを示す「Karz(借り)」(1980)〜「ek
hasina thi ek diwana tha」からの<借り>。
ファラーは自分の監督作「Om Shanti Om」(2007)でも「Karz」を下敷きにしている。なお、オリジナルは「Maine
Pyar Kiya(私は愛を知った)」(1989)となる「友達なら詫びも礼も要らない」という台詞も「OSO」中に引用されており、ファラーとシリーシュのオタク夫婦ぶりが感じられる。
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