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アッチャー・ソングス
yeh mera dil
スニディー・チョハーン
khaike paan banaras wala
ウディット・ナラヤン
シャー・ルーク・カーン
main hoon
don
シャーン
aaj ki raat
アリーシャ・チノイ
マハーラクシュミー・イェール
ソーヌー・ニガム
don revisited
ミディヴァル・パンディッズ
mourya re
シャンカル・マハーデヴァン
don the theme
インストルメンタル
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「DON -ドン 過去を消された男」〜ボリウッド・ベスト
Don-The
Chase Begins Again/2006 06.12.13 ★★★★
ドン
製作:リティーシュ・シドワニー/製作・脚本・台詞・監督:ファルハーン・アクタル/原作脚本:サリーム-ジャーヴェード/撮影:モーハナン/
作詞:アンジャン(khaike paan banaraswala)、インディヴァル(yeh mera dil)、ジャーヴェード・アクタル/音楽:シャンカル-イフサーン-ローイ/配役:ナンディーニー・シュリケント/振付:サロージ・カーン、ファラー・カーン、ガネーシュ・アーチャールヤ、ラジーヴ・スルティ/衣装デザイン:アキ・ニルーラー/編集:アナン・スバヤ、ニール・サドウェルカル/美術:アラダナ・セート /VFX:レッド・チリスVFX
出演:シャー・ルーク・カーン、プリヤンカー・チョープラ、アルジュン・ラームパール、イーシャー・コーッピカル、バーマン・イーラーニー、オーム・プリー、パヴァン・マルホートラ、ラージェーシュ・カタル、タネイ・チャダ
特別出演:カリーナー・カプール、チャンキー・パーンデー
公開日:10月20日
STORY
アンダーワールドのドン(シャー・ルーク)に兄ラメーシュを殺されたローマ(プリヤンカー)は復讐を誓って彼に近づく。一方、ドンの組織を壊滅させようとするDCPデ・シルヴァ(バーマン)が仕組んだ作戦とは・・・。
Revie-U *核心に触れています。
この秋、ディワーリー大作として、サルマーン・カーン&アクシャイ・クマール「Jaan-E-Mann(我が命〜愛しき人よ)」と同じ10月20日にリリースされたのが、1970年代中ベスト10ヒットのアミターブ・バッチャン主演「Don」(1978)をリメイクした本作。
この企画がアナウンスされた当初から、アミター・ジーを敬愛してやまないシャー・ルーク・カーンがドンを演ずるとあって大いに話題となっていたが、大方の予想は「ビッグBのダンディズムには、さすがのシャー・ルークも叶うまい」というもの。
そんな下馬評を迎え打つべく?監督のファルハーン・アクタルは後半に新機軸を用意、シャー・ルーク本人もプロモーション中、盛んに「これは、まったく別の作品として楽しんで欲しい」と連発していたが、果たして判定は如何に……。
「新Don」の配役であるが、復讐を誓うヒロイン、ローマに「Taxi
No.9211」(2006)のプリヤンカー・チョープラ。ドンを追う捜査主任DCPデ・シルヴァに「Being
Cyrus」(2006)のバーマン・イラーニー、インターポールからドン追跡に派遣されたマリックに「Rang
De Basanti」(2006)のオーム・プリー、事件に絡む男ジャスジート役に「Yakeen(信頼)」(2005)のアルジュン・ラームパール、そして、ドンにフィアンセを殺されたカーミニー役で、カリーナー・カプールが特別出演している。そうそう、ドンの恋人役に「36
China Town」(2006)のイーシャー・コーッピカルも出ている。
*ここから先は、オリジナルとの違いに触れてゆきます。
オープニングは、うっすらと曇ったパリの街角。オリジナルの明るい日差しを受けた大草原の中での取引シーンから一転しており、はっきりと新作が別の視点で制作されたことが伝わる。
カフェでたたずむ男のモバイルが鳴る。開いたモトローラに、ひと言、「ドン」と応える。神経症的な眼差しが黒いサングラスで隠される。
黒革コートを着込んだシャー・ルークの新ドンであるが、スリーピースを伊達に着こなしていたアミット・ジーの旧ドンと比べるといささか背伸びをし過ぎのように思えてならない。しかも、しょっぱなに登場する取引相手のひとりが、「Darwaza
Bandh Rakho(ドアを閉めとけ!)」(2006)のチャンキー・パーンデーとあっては……。
続くオープニング・タイトルバックは、グリーンを基調とした3DCGアニメーション。オリジナルの着色ネガティブ反転を意識してあることは、嬉しいくすぐりである。無論、オリジナル脚本としてサリーム-ジャーヴェードの名もクレジットされている。
周知の通り、このふたりはインド映画伝説的ロングラン・ヒットを誇る金字塔「炎」Sholay(1975)はもちろん、「Yaadon
Ki Baaraat(思い出の花婿行列)」(1973)、「Deewaar(壁)」(1975)、「Shaan(栄光)」(1980)、「Mr.インディア」Mr.India(1987)などを連名で放った黄金コンビ。
しかし、藤子不二雄よろしく、1980年代初頭に袂を分かって久しい。今も遺恨を残した、このコンビ解消は<別離>の象徴ともなっているようで、名優ナスィールッディーン・シャーが監督した「Yun
Hota Toh Kya Hota(もし起きたら、何が起きるか)」(2006)でも死別する兄弟の名前がサリームとジャヴェードとなっていた。本作のタイトルバックでも、通路を遮断していた鉄の扉が<SALIM/JAVED>で開くのが意味深。
ちなみに、本作の監督ファルハーンは、脚本家から作詞家に転身し今やボリウッドの大家となっているジャーヴェード・アクタルの息子。多作を誇る一方で、これまでサリームの長男サルマーン主演作には一編の詞も提供していなかったが、ここに来てリメイク交渉のためか、海外資本ならTKというわけなのか、「Marigold」(2007)にもリリシストとしてその名が見られる。
また、リメイク権譲渡への感謝ということで、冒頭の献辞にサリームの三男ソーハイル・カーンの名が並んでいる(ソーハイルは現在、俳優デビューしているが、もともと「Hallo
Brother」などを手がけた<監督>出身で、サルマーン主演「Lucky」でも製作に関わっているため、交渉相手として彼が選ばれたのだろう)。
さて、ファルハーンの新脚本であるが、28年前の作品をリメイクするにあたって、随所に今どきの観客に耐えられるようブラッシュアップされている。
まず、ドンが裏切り者ラーメーシュを抹殺する時に、手袋に仕掛けた毒針で静かに、そして惨く死に至らしめる場面が<新しさ>を感じさせるし(ここで、別れの台詞として「Alvida」が奢られているのは本年のサービス!)、兄の復讐に乗り出すローマがオリジナルでは、ジュードー・カラテをいきなり習い始めては習得するという唐突さがあったが、本作では、事前に彼女がマーシャル・アーツの素養を身に付けていることを演舞シーンにて示している(舞台がマレーシアに移されているので、さほど突飛ではない)。
だが、この<リアリズム>が仇となるシーンもある。「Don」の白眉として知られる伝説的な誘惑ナンバル「yeh mera dil(これが私の心)」開けの脱出劇がそれ。
フィアンセを殺されたカーミニーがホテルでドンと密会し、彼の拳銃から弾丸を抜いて警察を呼び寄せる。だが、ドンは意に介せず「拳銃が空なのは、おまえが知っている。俺も知ってる。だが、警察は知らない」という原版の有名な台詞をそのまま復刻しているため、今回はカーミニーとデ・シルヴァがはじめから内通していることを強調している分、「弾を抜くことを事前に打ち合わせしておかなかったのか?」と思わずにはいられない(ラーメーシュ役は当初、先のチャンキーとも伝えられていた)。
ファラー・カーンが施したカバーナンバル「yeh mera dil 」の振付は、背中に指を突き立てたり、床を這うなどオリジナルのP・L・ラージを踏襲している部分もあって、旧Donファンも十分に楽しめる。
深いスリットを持つカリーナのドレスもオリジナルのヘレンに比べると幾分控えめだが、肉感的な彼女の肌はドンならずともそそられることであろう。
青竹をあしらったアラダナ・セートによる東洋風セットデザインも素晴らしい。スニディー・チョハーンの、抑えたプレイバックがヴァンプにはややマイルドなカリーナによくマッチしていて佳い。
こうして、親しき人間を2人失ったローマがドンの組織へ潜入を決意。
組織の男たちの前に警官に追われて現れるこの場面も<今どきらしさ>が加味されており、レストラン内での発砲シーンを新Donでは男たちのクルマに乗り込んだローマが車窓越しに銃撃、と変更されている。もっとも、窓ガラスがしっかり割れているので<空砲>では済まないのだが……。
甘いフェイスのプリヤンカーではあるが、デビューから早い時期に「Aitraaz」(2004)でFilm
Fare Awards最優秀敵役賞を受賞しているだけあって、復讐するワイルドキャッツぶりもなかなかなもの。マーシャルアーツ演舞シーンも、ダンスでトレーニングを積んでいるせいか、動きに腰が入っていて、「マトリックス」シリーズのような俄クンフーよりも上出来。
宿敵ドンと会見した後に見せる、「タンキュー、ドン」という台詞では、オリジナルのズィーナト・アマンを彷彿させて良好。しかし、ラストに大乱闘の空中戦を見せたオリジナルと違って、後半は添え物ヒロインに成り下がってしまうのが残念。
オリジナルとの違いが明確なエピソードでは、カーチェイス・シーンもあげられる。
場面はインド国内に移り、オリジナル通りの海岸沿いでの取引で、相手方の男たちにドンが爆弾入りのアタッシェケースを投げつけるや、爆炎がワイプとなって、そのままポリースカーに追われるカーチェイスシーンに突入!
ちょっと唐突に思えるかもしれないが、これはオリジナルのオープニングと、取引現場を警察に包囲されての突破シークエンスを<リミックス>したもの(オリジナルでは、赤いフルサイズの70's米車から赤いルーフの50's代車とチェンジされる)。
旧植民地らしい姿を残すボンベイのモダーンな街並みの中で縦横無尽に繰り広がれていたオリジナルのチェイスから、新Donでは現代の最先端を見せるクアラルンプール・ロケと対比するためか、古びた田舎町を迷路として活用しているのもまずまず。
*さらに物語のポイントへと触れてゆきます。
だが、このチェイスでドンの悪運も尽き、瀕死の重症で病院送りとなる。デ・シルヴァはドンの組織を壊滅させるために、彼のデュプリケートを用意。それが、市井の青年ヴィジャイである(もちろん、シャー・ルークのダブル・ロール)。
そして、このヴィジャイ扮するドンがこれまた瀕死の重傷で発見され、病院に送られるという手の込んだ芝居に、内部情報を得た組織が輸送中にドン奪回、となるわけだ。
このシークエンス、脚本変更によりプリヤンカーのナース・コスプレが見られないことへの配慮?か、強奪チームが白装束となっていて、白のライダース・スーツに身を包んだプリヤンカーのしなやかな身のこなしが悦しめる。
しかしながら、輸送車ごとクレーンで持ち上げて強奪というアイデア自体が洋画からのイタダキというのも芸がない(後に007の空中ファイトもそっくり拝借されている)。
オリジナルでもそうであったが、ドン(首領)とは言いながら、一介の取引にドン自ら単独で出向くのは腑に落ちないところでもあろう。ドンが容易に他人を信じず、また、彼の卓越した戦闘能力を示すためでもあるだろうが、ドン自らが「ドン」と名乗ってしまうのはいかがであろうか。
組織に戻ったドンは、やがて失くしていた記憶を取り戻し、帰還パーティー・ナンバル「main hoon don(俺がドンだ)」へ……さすがにこれ、虎の張りぼてマスクを被って「俺は誰だ? ドン! ドン! ドーン!」の、旧ナンバルをそのままフィーチャーするのは愚の骨頂とみえ、ジャヴェード書き下ろしの作詞にシャンカル-イフサーン-ローイによる新譜となっている(プレイバックは、シャーン)。
スタイリッシュにリニューアルされているとはいえ、クールを気取ったシャー・ルークの新ドンにはファンも好みが分かれるところと言えよう。
ここで、音楽監督シャンカル-イフサーン-ローイの手によるフィルミーソングにも触れておこう。
カバー・ナンバル「yeh mera dil 」、「khaike paan banalasiwala(バナーラス・パーンを食べたら)」もそつなくアレンジされている他、インストルメンタルのテーマ曲「don
the theme」もソー・ナイス!
ヴィジャイ登場シーンのお祭りナンバル「mourya re」(シャンカル・マハーデヴァン/振付はラジーヴ・スールティー)では、「モーリヤー」の掛け声通り、ガネーシャ・チャトゥルティ(西暦8月頃に祝われるガネーシャ祭)が画面に登場し、宗教色を廃した「さよならは言わないで」Kabhi
Alvida Naa Kehna(2006)からすると久々にインドらしい風景の中でシャー・ルークを見ることが出来る。
プリヤンカーとイーシャーが踊る「aaj ki raat(今宵は)」ではアリーシャー・チノイを起用。インド初のポップ・シンガーという触れ込みで(つまりは顔出し出来る歌手。プレイバックシンガーとしては1980年代中盤から活躍)1995年にアルバム「Made
in India」を発売。近年では、なんと言っても「Bunty Aur Bablie(バンティとバブリー)」(2005)におけるムジュラー・ナンバル「kajra
re」のメガヒットが脳裏を揺さぶる。本年も「Dhoom:2(騒乱2)」にて「touch
me」が鮮烈! 声域は狭いものの、大人の雰囲気を伝えるハスキーなヴォーカルが大いにそそる。
* * *
オリジナルでは、ドンの替え玉としてヴィジャイを組織に送り込んだデ・シルヴァが良心の人であったのに対し、インターポールから派遣され捜査の指揮をとっていたマリックが実は組織の裏ボスであった。
だが、新Donでこれが覆されているのは、デ・シルヴァにバーマン・イラーニーが、マリックに熟練のオーム・プリーという逆キャスティングされていることで、そもそもネタが明かされてしまっているようなもの(ちなみに、オリジナルでマリックを演じているのはオーム・シヴプリー)。
バーマンは、「Munna Bhai MBBS」(2003)のアスターナー医長役を皮切りに、「Main
Hoon Na(私がいるから)」(2004)の学長などで顔を売り、今やボリウッド・メジャーに欠かせぬ名バイプレイヤーとなった。
しかし、心温まる役にはまだ時期尚早なのか、「Lage Raho Munna Bhai」(2006)や「Khosla
Ka Ghosla(コースラーの巣)」(2006)などエキセントリックな芝居が出来る役柄が続いている。
本作ではいよいよ善人役か、と思われたが、蓋を開けてみれば、警官ながらどこか含みを臭わす敵役に留まっていた。 反面、老齢が目立つオーム扮するマリックは、出番も少なく、これでははじめからマリックに疑惑が向きにくい。
そして、もうひとつ、本作を見劣るものにしているキャスティングが、後半、ストーリーに弾みを付けるジャスジート役。
これに扮するアルジュン・ラームパールは、駆け引きがふんだんに用意された「Vaada(約束)」(2005)で存在感を見せつける役者に成長したはずだったが、その後の「KANK」ゲスト出演にしても極めて印象が薄く、本作も「Elaan」(2005)、「Yakeen(信頼)」(2005)の流れを汲む憔悴系キャラクターであるのが氣になる(そのトドメはオムニバス奇譚「Darna
Zaroori Hai」だろう!)。
アルジュンに与えられたジャスジートは、オリジナルではサルカスの軽業師で、ドンの部下ナラヤンから脅迫され金庫破りを強いられて刑務所入り。その間、妻は殺され、子供たちとは生き別れてしまう悲運な男。
これを演じていたのが、往年の名敵役プラーン。敵役ながら、その情感ある声色も手伝って、少年時代に父親を殺害した男を追う余り家族と生き別れ、長じて悪の組織に身を置く主人公の兄役「Johny
Mera Naam(ジョニーが俺の名前)」(1970)、やはり妻子を生き別れたが故に悪の道を歩むこととなった「アマル・アクバル・アントニー」Amar
Akbar Anthony(1977)の父親役など、単なる敵役とは一線を画し、深き家族愛を呷るに相応しい名優。であるからにして、旧「Don」ではアミターブ・バッチャンに拮抗する配役であった。
とすると、アルジュンがジャスジートでは役不足であるのは否めない。これをシャー・ルークに釣り合う現在のスターキャストで配置するとすると、さしずめサンジャイ・ダットの出番であろうか。あるいは、オファーされていたアクシャイ・クマールでも大いに観客の情感を捉えたはずである(アッキーは当初、ドン役にも想定されていたとも伝えられる。であれば、シャー・ルークよりもドンとヴィジャイを巧みに演じ分けていたことだろう。そう言えば、アッキーは「Khiladiyoun
Ka Khiladi(闘士の中の闘士)」(1996)の中で、旧「main
hoon don」のリスペクト・ナンバル「hum hai seedhe」にて、ドラキュラ風のマスクを被り「おまえは誰? 名前は何?/俺はアミターブでなく、ディリープ・クマールでもなく、子供たちのヒーローなんかじゃなく、俺はアクシェイ、アクシェイ♪」と歌ってラヴィーナ・タンダンを困惑させていた……)。
このジャスジート、金庫破りの際にデ・シルヴァから脚を撃たれ、以後、片足を引き摺ることとなる。
アルジュン=ジャスジート初登場の場面では上腕を鍛えていることもあって、組織に誘拐された息子(オリジナルの兄妹からひとり削減)を奪回しする見せ場のアレンジが大いにそそられた。オリジナルではビルからビルへとオプチカル合成を使って綱渡りをしたわけだが、これをデジタル合成にグレードアップしたところで、今となっては失笑を買うだけであろう。
ファルハーンの味付けはというと、なんとマレーシアの顔とも言えるペトロナス・ツインタワーズの41階及び42階を結ぶスカイブリッジの<上>を子供を背負って逃げ渡るというもの! 舞台設定をわざわざマレーシアに置いたのも、このためだったわけだ。しかし、これでは見せ場としてのサスペンスは地に落ちていると言えよう。
このタワーズ、片側のタワー1を日本のゼネコン、ハザマが受注し、1997年に地上452m、88階建ての吉兆を誇る世界一の鉄筋高層ビルとして脚光を浴び(残念ながら、2003年に台北国際金融センターに抜かれている)、さっそくハリウッドが、2000年問題に乗じて金融強盗を働く「エントラップメント」(1999=米)の撮影に使用し、このスカイブリッジの上からまさしく旧Donにおけるジャスジートの逃亡劇を<盗んで>いたっけ。
この2000年問題、インド人ITエンジニアの貢献によりクリア、当時のクリントン米政権に恩を売っており、再びインド映画でこのタワーズが大々的に使用されているのが興味深い。
キャスティングに関して言えば、旧「Don」のサティヤン・カップー、カマル・カプール、マック・モーハンに匹敵する異彩を放った脇役の面々に出会えないのも寂しいところ。
本作・新「Don」も含め、本年公開の「KANK」、「Jaan-E-Mann」にしても大作のほとんどに、ボリウッドお馴染みのサポーティング・アクターが登場しない傾向にある(アイシュワリヤー・ラーイ版「Umrao
Jaan」で見せるヒマーニー・シヴプリーの顔が実に懐かしい!)。これは長期海外ロケにあたって、現地のキャスティング・コーディネーターに一任してしまっているためか。
聖林においては、キャスティングに関してエージェントの力が増し、そのパッケージ化が進んでいることの弊害が訴えられて久しい。ギャランティ高騰、抱き合わせによる配役自由度の低下が、それだ(出来高で稼ぐ弁護士が賠償請求額を膨らませようとするのと同じく、エージェントも自分の取り分を上げるためにスターのギャラを法外に吊り上げるのに勤しむわけである)。
かつてはキャスティング・コーディネーターと呼ばれたポジションも今ではキャスティング・ダイレクターに格が上がって、オープニング・クレジットではスタッフの筆頭に掲げられるのが普通となり、本作もそれに倣っている。
ボリウッド・メジャーの場合、すでにメイン・マーケットはNRIに標準が絞られていることもあり、特に海外ロケの場面では、<リアリティ>の観点からも手垢のついたボリウッド俳優が避けられているように思えてならない。
ところで、オリジナルばかりに囚われていると、足下をすくわれることになる。
自分が替え玉であることが露見したヴィジャイがローマと逃亡する最中、下町でシヴァに陶酔する住民たちと意気投合したヴィジャイがバングージュースを飲みまくって泥酔。ようやく立ち去ろうとするや、パーンを薦められ、バラーナスィー産のパーンを愛するヴィジャイが浮かれて歌い出すハンガマ・ナンバル「khaike
paan banalasiwala」がそれ。
ではマレーシアから再びインドへ舞台が移るのか、と思いきや、果たしてクアラルンプールのジャラン・マスジド・インド人街の路地裏でNRIコミュニティがシヴァラトリを祝っていた、という設定。
しかも、広場で皆が踊っているのは、「Baghban」(2003)におけるアミット・ジーの歌声も滑らかなパーティー・ナンバル「chali
chali」。この後、「khaike paan〜」となるのだからファンはたまらないはず!
ところでシヴァラトリは、西暦2月にあたる満月の晩にシヴァを祝う大祭で、ヨーギの親玉を讚えるこの日だけはガンジャも黙認?され、一晩中、飲めや歌えやで大騒ぎとなる。ここでヴィジャイことドンが飲まされるのがバングージュースは、神話の中でシヴァが愛飲するソーマ酒に由来するもの。同様にシヴァラトリが登場する「Yeh
Raaste Hain Pyaar Ke(愛の道標)」(2001)でもアジェイ・デーヴガンが振る舞い酒に酔って数日眠りこけていた。
アレレレ、この場面がシヴァラトリということは、ヴィジャイ登場シーンのガネーシャ・チャトゥルティから、もう半年経ったということか……。
ファルハーンは、インドを埋め尽くしているオリジナルのファンの裏を書き、観客の期待を超えようと豊富な仕掛けを施してはいるが、サリーム-ジャーヴェードの奇抜な脚本術の前にあっては、単なる変更点のつじつま合わせとしか思えない。
だが、これ以上、旧ドンと新ドンとの違いを語るのは野暮というもの。
劇中、ドンが愛用するメルツェデス・ベンツSLKをはじめ、ロケ地に選ばれたペトロナス・ツインタワーズやランカウイ島にあるケーブルカーと空中回廊など、現代ボリウッド映画としての、クールなハイテック志向は確かに目を楽しませる。
しかしながら、旧ドンの持つ、暖かな幸福感は実に忘れ難い。
撮影のモーハナンは、ファルハーンが望んだ<これまでのインドにはなかったスタイリッシュなサスペンス映画>らしさから、色調を落としたルックを採用するなど尽力しているが、カーチェイスの末にドンが行方不明となったことを受け、ナーラーヤンやらが立ち尽くす様を俯瞰のフィックスで済ませているショットは、あまりにも身も蓋もなく、こちらも途方に暮れてしまいそう。
作品全体を包む、この冷たいルックは、メイクや衣装にも及んでいて、ただでさえあっさりとしたイーシャの存在を弱くしているが、彼女の台詞「Don't
worry darling」のようにそれも仕掛けの内となろうか。
ところで、組織の金庫室には、2004年に盗難にあったムンクの「叫び」が飾られていて、プロダクション・デザイナー、アラダナ・セートのセンスを感じさせるものの、リリース前の本年8月に「叫び」は回収されており、これは贋作? 実はこれが本作に仕掛けられたメタファーだったりして。
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*追記 07.01.01
オープニングでドンが使用しているモバイルは、iTunes、Bluetoothに対応したモトローラRAZR
V3i。日本でもドコモFOMAにM702iSとして06年12月14日よりラインナップされている。
ちなみにモトローラ・インディアのMOTOSTAR キャンペーン・イメージ・キャラクターにアビシェーク・バッチャンが起用されている。元スターとならねばよいが。
*追記 07.08.03
アジアフォーカス・福岡国際映画祭2007にて、9月16日・19日・24日に上映が決定!
その他、ジョン・エイブラハム主演「とらわれの水」Water(2005)が新規上映、アーミル・カーン主演「1947:大地」Earth(1998)、ウルミラー・マートンドカル主演「私はガンディーを殺していない」Maine
Gandhi Ko Nahin Mara(2005)が再上映される。
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