Home » アーカイブ

国境にかけるスクリーン

▶ 国境にかけるスクリーン vol.9 – Mission Kashmir(2000)

独立闘争が激化しているカシミール。武装ゲリラは警官を治療した医者の家族を皆殺しにすると宣言。警察本部長イナヤット・ハーン(サンジャイ・ダット)の息子が2階から転落、奔走するも治療を行う医者はみつからず息子を失ってしまう。イナヤットは復讐のため、民家に潜伏していたゲリラ一味を襲撃し、皆殺しにする。唯一生き残った少年アルターフを息子の代わりに引き取るが、ある日、アルターフは自分の両親を殺した連中がイナヤット達であったことを知り、出奔。国境を越え、10年数後、復讐のゲリラとなって舞い戻る…。
印パに深く刻まれた愛憎は利用され、真の敵は見えない。
「アルターフ 復讐の名のもとに」Mission Kashmir/2000
昨年(2008年)11月末、世界的な不況(西洋型消費社会の躓き、とも言える)を嘲笑うかのように、ムンバイで同時多発テロが起きた。犯行にはパキスタン系過激派が背後に絡んでいるとも言われ、この10年、ボリウッド映画で使われた設定を地で行くようなテロ事件であった。
この「アルターフ」では、アフガニスタンなどでロシア兵を悩ませたパターン人の傭兵に出資し、「カシミール作戦」を仕掛けるのが、パキスタン軍とは無関係の(あるいは軍を手緩いと思う)、豊富な資金源を持つ聖戦組織となっている。
ゲリラの若き英雄アルターフを演じたリティク・ローシャンは、この年がデビュー。出演した3本の映画がメガヒットとなり、インド文化圏を熱狂の渦に巻き込み、ボリウッド・スターのトップに躍り出た。
その影響は意外な出来事を呼ぶ。ささいなことを理由にネパールで彼を糾弾するデモが起こるや、インドに反ネパール暴動が飛び火。国境が封鎖される事態にまで発展。この騒乱の陰にはISI(パキスタン情報部)が暗躍していた、とも報じられた。
なぜ、彼がスケープゴートに選ばれたのか? この年、リティクは「Fiza (フィザー)」(2000)という作品でも暴動に巻き込まれ、翻弄された人生の末、ゲリラに身を落とすムサルマーン(イスラーム教徒)青年を演じている。どちらの主人公もゲリラであることに悩み、終盤、「改心」してしまう。インド政府に対立を仕掛ける者からすれば、聖戦の反プロパガンダ映画とも受け取れたのだろう。
「アルターフ」では、作戦を指揮する傭兵が養父を憎むアルターフを捨て駒に使い、ヒンドゥー寺院とモスクを連続してミサイル攻撃し、インド国内でヒンドゥー/ムサルマーン衝突を起こそうとする。
映画が示唆する結末が妙に気掛かりだ。作戦の失敗を知ったスポンサー組織の幹部は部下を抹殺して作戦そのものを封印しようとするが、自分も消されてしまう。真の敵は、いつも見えない。
(ナマステ・ボリウッド発行人/すぎたカズト)
*カシミールは現地風、カシュミールは中央風のカタカナイズ。
初出「パーキスターン No.221 2009/1」(財) 日本・パキスタン協会

タグ: 2000, M, サンジャイ・ダット, リティク・ローシャン

2011.01.10 - UPDATE!

▶ 国境にかけるスクリーンvol.8 – Kaafila(2007)

ボリウッドにおいて、パーキスターンに友好的な作品が増えたが、数年前までは何かと敵役に据えた設定が目立ったものだ。印パ分離独立を扱い、インド映画最大のヒットとなった「Gadar(暴動)」(2001)などもそのひとつ。アムリトツァルの大虐殺から幕開け、新天地へ逃げ延びようとする家族からはぐれたヒロインを暴徒から守るため、スィクの主人公が行きがかり上、「妻」にする。が、何年も経って父がラーホールにいることが解り、訪ねるもインド帰国を阻まれる。業を煮やした主人公が越境し、理不尽な父親とパーキスターン軍を相手に戦うという物語。
昨日の敵は今日の友。印パ友好、それだけでは終わらない?
Kaafila(隊商)/2007
この主人公を演じたサニー・デーオール(往年のスター、ダルメンドラの長男)はこの時期、カシュミールを舞台に国境警備隊のヒーローを演じるなど、「インド愛国」を全面に打ち出した主演作でヒットを勝ち取った。
「Gadar」の監督と再び組んだ「The Hero」(2003)では、インド陸軍情報部のスーパーエージェント役で、敵役として<悪名高い>ISI(パーキスターン軍情報部)を翻弄する。
サニーの(演じる)愛国愛郷ぶりは、時にエスカレートし過ぎ、パンジャービーの素朴かつ滑稽な田舎警官がクリスチャンの国際テロリスト相手に米国で大暴れする「Jo Bole So Nihaal(讚え、祝福されよ)」(2005)など、スィク側からも抗議を受けたばかりか、デヘリーの劇場で爆破テロさえ起きたほど。
一転、彼の主演作で驚かされるのが「Kaafila(隊商)」(2007)だ。ヨーロッパに夢を託した出稼ぎ労働者たちが搾取に反発、追手を振り切って陸路でインドへと戻る、というストーリー。サニーは後半、いわば「逃がし屋」として登場する。アフガンを越え、パーキスターンへさしかかった時、一向は国境警備隊に捕まってしまう。が、ここでなんとサニーがパーキスターンの潜入警官だったことが明かされるのだ!
初の印パ同時公開という触れ込みの映画に、それまでインド愛国で売ったサニーを看板に据えるとは。ボリウッドの商魂たくましさには感服してしまうが、これもパーキスターン国内でのボリウッド浸透があってこそであろう。
もっとも開いた口が塞がらないのは、親パになった途端、最後の最後で裏切り者がバングラデーシュ人に設定されている点だろう(しかも「俺もパーキスターン人だ」と命乞いする)。この商売っ氣たっぷりのマイナー映画は、やはりインド人の観客からも支持されずに終わったのが救いであろう。
(ナマステ・ボリウッド発行人/すぎたカズト)
初出「パーキスターン No.220 2008/11」(財) 日本・パキスタン協会

タグ: 2004, K, サニー・デーオール

2010.12.06 - UPDATE!

▶ 国境にかけるスクリーンvol.7-Hey Ram!

時は印パ分離独立間際の英領インド。モヘンジョダロの遺跡発掘現場で働く考古学者ラーム(カマール・ハッサン)とアムジャード(シャー・ルフ)の下に作業中止命令が届く。
ふたりは、ヒンドゥー/ムサルマーン(イスラーム教徒)の違いはあれど、篤い友情を結び、印パ分離独立を望んでいなかった。
だが、帰還したラームは、かのカルカッタ(現コルカタ)大虐殺でムサルマーンの暴徒により妻を陵辱殺害され、拳銃を片手に復讐を始める。
やがて、ヒンドゥー原理主義の過激派へと身を寄せ、パーキスターン建国を許したガーンディー暗殺の命を受ける…。
ヒンドゥー/ムサルマーンを超える南アジア的友情
Hay Ram !(神よ)/2000
この夏から秋にかけて続々と主演作が上映されているキング・オブ・ボリウッド、シャー・ルフ・ハーン(ヒンディー読み:シャー・ルク・カーン)が初めてムサルマーン役を演じたのが、マハトマ・ガーンディー暗殺を扱った「Hey Ram !」(2000)である。
銃弾に倒れたガーンディー最後の言葉から、極右ヒンドゥー主義に走る主人公ラームを作り上げたのは、南インド・タミル映画界のトップスター、カマール・ハッサン。その彼がヒンディー映画界へ乗り込もうと製作・主演・脚本・監督を手がけた野心作に、箔を付けるべく選んだのがシャー・ルフ。通常なら出番からして特別出演となるところを、オープニング・タイトルバックでも彼の名を2番目に登場させる持ち上げよう。役柄に関しても、かのガーンディー暗殺を企む主人公を救う、言わば「おいしい」役。
印パ分離独立にあたって、英領インド内のヒンドゥー/ムサルマーンは血で血を洗う抗争を展開。裕福層は新天地パーキスターンへと渡り、移住を為し得なかった貧困層のムサルマーンがその後にヒンドゥー教徒から憎悪のツケを払わされたとされる。
本作でシャー・ルフ扮するアムジャードは、分離独立後もインド国内に好んで留まり、ガーンディーを讚え、インドそのものを愛するムサルマーンの鑑として描かれている。ヒンドゥー極右テロリストに身を落としたラームを、昔と何一つ変わらず、彼を親友として懐深く受け入れ、彼を信じ通し、ヒンドゥー暴徒からでさえ命を賭して守ろうとする。
「ジンナーの国、パーキスターンへ行け」と言い放つラームに、「ジンナーの娘は、自分の国はインドと思い、ここに戻った。私はガーンディーの息子だ。この国に留まる」と言わしめるこのアムジャードは、いささか見せ場が多過ぎるようにも思えるが、立場を超えても友情は不変とする、南アジア的心情が実に心地よい。
(ナマステ・ボリウッド発行人/すぎたカズト)
初出「パーキスターン No.219 2008/9」(財) 日本・パキスタン協会

タグ: 2000, H, カマル・ハッサン, シャー・ルク・カーン

2010.11.08 - UPDATE!

▶ 国境にかけるスクリーン vol.6 – Veer Zaara

ザーラー(プリティー・ズィンター)は、パーキスターンに暮らす良家の子女。祖母のように慕っていたスィク教徒の乳母が今際のきわに言った「インドに散骨して欲しい」という願いを叶えるべく、単身家を飛び出し国境を越えてインドへ入る。
バスの事故が縁で知りあったインド空軍のパイロット、ヴィール(シャー・ルフ・ハーン*)は、純真な彼女の願いを聞き入れ、乳母の散骨を手伝う。いつしかふたりに愛が芽生え、国境を越えたヴィールは彼女の婚約者によってスパイ容疑で投獄されてしまう。そして、22年の月日が流れ…。
人としての誇り、無償の愛が和平をもたらす
Veer Zaara(2004)/ヴィールとザーラー
監督のヤシュ・チョープラーは、英領インド時代のラーホール(現パーキスターン)出身。分離独立50年あたりからなにかとパーキスターンを悪とするボリウッド映画での風潮に終止符を打つべく本作は作られた。
一方的な婚約に縛られた女性をヒーローが獲得するストーリーは、彼の息子が監督した「DDLJ」(1995)に通じるテーマである。当時は花嫁の父が鬼のような形相を剥き出し、婚約者が銃を手にして主人公を阻もうとした。
だが、本作の父親はただ卒倒してしまうし、婚約者も彼をスパイとして密告するだけで、10年前なら展開されたような血まみれの格闘は見られない。
これは時代が変化しただけでなく、監督の意図が印パの不和を憂うところにあるためだろう。
本作の登場人物は、実によく名乗る。刑務所の看守でされ、その役職を盾にすることなく、自分の名前を名乗る。それは誰もが誇りを持っていることの表れだ。
20年以上に渡って投獄されながらも、ヴィールは自分の無実を証明出来るザーラーの名を決して口にすることはなかった。なぜなら、結婚して子供も産んでいるであろう彼女の<名誉>を傷つけることになるからだ。同時にそれは、彼女への<無償の愛>を意味する。
密告する婚約者の手口は陰湿ではあるが、場面はそこまでで後々、彼が登場することはない。
つまり、脚本上、パーキスターン側の「個人」に憎しみが向かないように配慮されているわけだ。印パ問題に関して憎むべきは二国間の緊張をもてあそぶ政治のシステムであって、人としては憎み合ってならない、との主張が読み取れる。
ヴィールが彼女に抱く<無償の愛>、それはすなわち、同じ大地に生き分かれた同胞への想いとも言えよう。
★ボリウッドは、ハリウッドになぞったヒンディー/ウルドゥー映画の愛称。古くからパキスタン人にもこよなく愛される。世界各国に散った在外市場を持つ規模から、もはやインドの国内映画とは呼べない状況に成長。
* シャー・ルフ・ハーンは、Shah Rukh Khanのウルドゥー読み。ヒンディー読みでは、シャー・ルク・カーンとなる。
(すぎたカズト)
初出 「パーキスターン No.218 2008/7」(財)日本・パキスタン協会

タグ: 2004, V, シャー・ルク・カーン, プリティー・ズィンター, ヤシュ・チョープラー, 国境にかけるスクリーン

2010.10.18 - UPDATE!

▶ 国境にかけるスクリーン vol.5 – Awarapan

ボスの命を受けたシヴァンがリーマを訪ねると彼女は祈りの最中。用件を伝えた別れ際、掛けられた言葉が「フダー・ハーフィズ(神のご加護がありますように)」遠く故国を離れ、荒んだアンダーワールドに身を置く主人公の心を揺り動かしたのは…。

2010.08.31 - UPDATE!

▶ 国境にかけるスクリーン vol.4 – ぼくの国、パパの国

1971年、英国マンチェスター郊外ソルフォード地区に住む在外パキスタン人ジョージ・ハーン(1)は、英国人の妻と結婚して25年。7人の子供たちは母親が英国人ということもあってキリスト教文化に親しんでいる。
もっとも、これは厳格な父親に隠れてのこと。ジョージは子供たちにパキスタン人らしい伝統的な生活を求め、息子たちの縁談を取りまとめることに腐心する。
しかし、長男ナーズィルが結婚式の最中に出奔。一家の面汚しをした長男は亡き者にされ、一層ジョージは息子たちの縁談を取りまとめようと躍起になり、一家は分裂し始める…。
アイデンティティーに悩む在外パキスタン人
「ぼくの国、パパの国」East is East/1999
英アカデミー英国作品賞を受賞し、日本でも「ぼくの国、パパの国」という邦題で2001年に公開されたこの映画は、パキスタン系の演劇人アーユブ・ハーン-ディンの自伝的舞台劇を脚色したイギリス映画。
印パ分離独立以前に英国に渡った父親(ボリウッド名優のオーム・プーリー)は、ジョージという英国名と英国人の第2妻を持ちながらパキスタン人としての伝統にこだわり続けている。
ことあるごとに「第1夫人を呼び寄せるぞ」と口にする彼は、現代の視点からすれば立派なドメスティック・バイオレンスとなるが、経済成長に伴いボリウッド映画でも見かけなくなった威厳ある父親像は見ていて清々しくもある(見ている分に限ってだが)。
時代設定の1971年といえば、バングラデシュ独立を許した第3次印パ戦争の年。家庭崩壊の危機に揺らぐジョージの挫折感が、これに重なり合う。
当時は西洋社会自体が旧世代と新世代で闘い合った、変革の時代だ。両親たちの母国とは異なる国に生まれ育った「デシ」(2)たちはなおさら、新しいムーヴメントに魅了されたことだろう。
映画にユーモラスな息吹を吹き込んでいるのが、末っ子で、いつもフード付きの
コートを着込んでいるザジ。これが彼の<割礼>問題のメタファーになっていて、ある日、神学校で皆の知ることとなり、家に通告され、西洋医院での<手術>となる。
このエピソードは在日ムスリムたちにも通じる悩みで、特に日本人妻の家庭では切実な問題として映るようだ。
伝統的にも、世代的にも「守り、伝える」べき意識が失われてしまった感のある現代日本社会が問い直されているかのように思えてならない。
(1)ハーン ウルドゥー読みのKhanをカタカナに置き換えた表記。正確的な発音はカとハの中間、とされる。ヒンディー読みは「カーン」。
(2)desi=語源は国/郷を表すdesh、転じて同国人・同胞。在外南アジア人共通の語彙で、ABCD=American Born Confused DesiやBBCD=British Born Confused Desi等、二世の心情に使われる。
(すぎたカズト)
初出「パーキスターン No.216 2008/3」(財) 日本・パキスタン協会

タグ: オーム・プーリー, 国境にかけるスクリーン

2010.02.27 - UPDATE!

▶ 国境にかけるスクリーン vol.3 – Sarfarosh

ちょうど10年前あたりから分離独立50周年記念を謳って、印パ問題を題材にした映画が北インドのボリウッドでしばしば作られるようになった…

2009.12.28 - UPDATE!

▶ 国境にかけるスクリーン vol.2ーNamastey London

近年、ボリウッドではNRI市場を重視して製作される傾向にあったが、これには在外パキスタン人も大きく貢献している。インド映画を押す在外パキスタン人の存在とは…「Namastey London」

2009.12.01 - UPDATE!

▶ 国境にかけるスクリーン vol.1ーMain Hoon Na

映画の中で描かれているパキスタンおよ びイスラーム描写を毎回綴ってゆきます。今回は、南アジアに強い影響を与えているばかりか、在外人口の多い欧米、アフリカ周辺国、旧共産圏など今やハリ ウッド映画に追随する巨大なマーケットを持つ北インド映画のボリウッドから。

2009.10.30 - UPDATE!